2009年12月26日土曜日

陳元靚の『博聞録』について

宮紀子「陳元靚の『博聞録』について 」(『汲古』56、2009年12月)

これまでの宮氏の陳元靚撰『博聞録』(『事林広記』のもとになった類書)に
関する研究によると、 現在、『博聞録』自体の伝来は知られていないが、
佚文や版式から、『事林広記』のどの部分が『博聞録』であるか判明しつつある。
今回の論文では、日本で作られた仏典の注釈や『三体詩』の抄物などを中心に
その後発見した『博聞録』関係資料や佚文を紹介。
『博聞録』自体の研究もさることながら、
13~15世紀の日本における漢籍受容の様子も窺えて、とても面白かった。

また、本題とはずれるが、南北朝~室町時代の「管領」・「都元帥」・「総管府」等の
肩書きが、 モンゴル時代の制度を踏まえているという注12の指摘も興味深かった。

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