山田智・黒川みどり共編『内藤湖南とアジア認識―日本近代思想史からみる』(勉誠出版、2013年5月)
これまで主に中国史研究者によって行われてきた内藤湖南批判と反批判の限界を指摘し、日本近代思想史の文脈から、内藤湖南を読み解こうとする試み。
目次は以下の通り。
第一部 内藤史学の形成
黒川みどり「文明中心移動説の形成」
田澤晴子「内藤湖南における二つの「近代」と「政治」」
小嶋茂稔「近代日本における「東洋史」の形成と湖南の中国史」
山田智「内藤湖南の朝鮮観と「東洋史」―アジア認識の構造化のため」
第二部 内藤神話への問い
與那覇潤「史学の黙示録―『新支那論』ノート」
小嶋茂稔「戦前期東洋史学における湖南学説の受容をめぐって」
姜海守「朝鮮をぬきにして「支那(学)」は語れるか―内藤湖南の「日本文化史」叙述にみられる朝鮮認識をめぐって」
松本三之介「国家と社会をめぐる思想史的素描」
読みごたえある論稿が並んでいる。
増淵龍夫・フォーゲル・子安宣邦に続く内藤湖南研究の必読書。
従来から悪評高い「文明中心移動説」以外にも、
内藤湖南の時代区分論(宋代以降近世説)についても鋭いメスを入れている。
また、全集未収録文章をもとに、これまで等閑視されてきた
内藤湖南の朝鮮観についても論じている。
なかでも最もおもしろかったのが、
「戦前期東洋史学における湖南学説の受容をめぐって」。
内藤湖南の学説の受容状況を分析し、
戦前期東洋史学界における内藤湖南の位置を浮き彫りにする試み。
戦前の東洋史研究者(特に東京の若手研究者)に
内藤湖南の学説がさして影響を与えておらず、
戦後の講義録の出版と、戦後中国史学の諸論争の中で、
権威性を持つにいたったとする。ぜひ続編を書いてほしい。
2013年6月1日土曜日
歴史学のアクチュアリティ
歴史学研究会編『歴史学のアクチュアリティ』(東京大学出版会、2013年5月)
昨年12月15日に開催された歴史学研究会創立80周年シンポジウムの書籍化。「アクチュアリティ」は、辞書的には「現実(性)・実在、事実・写実性」といった意味だが、帯に「現代の課題にいかに応えるか」とあるように、本書中では「現在的問題へのコミットメントの問題」といった感じでとらえられている。
目次は以下の通り。
第Ⅰ部:歴史学のアクチュアリティ―創立八〇年シンポジウムから
岸本美緒「中国史研究におけるアクチュアリティとリアリティ」
長谷川貴彦「現代歴史学の挑戦―イギリスの経験」
安田常雄「方法としての同時代史」
村井章介「<境界>を考える」
栗田禎子「現代史とは何か」
浅田進史「歴史学のアクチュアリティと向き合う」
藤野裕子「歴史学をめぐる承認―隔離―忘却―ジェンダー史を事例として」
松沢裕作「歴史学のアクチュアリティに関する一つの暫定的立場」
第Ⅱ部:討議 歴史学のアクチュアリティ
討議1「社会史研究と現代歴史学」
討議2「社会主義圏の崩壊・ポスト冷戦と現代歴史学」
討議3「新自由主義時代と歴史学の将来」
シンポジウムには行けなかったけど、本になったら購入しようとおもっていた企画。期待にたがわず面白かった。若手研究者問題(浅田論文)・ジェンダー史(藤野論文)も取り上げられている。
まえがきと松沢論文で指摘されているように、「アクチュアリティ」のとらえ方をめぐって、岸本論文と栗田論文では大きく異なっている。どの立場をとるかは、人それぞれだろうが、僕自身は岸本論文・松沢論文に共感した。
歴史学のアクチュアリティを考えるためには、60年代の学生運動、安保闘争、1950年代の国民的歴史学運動、戦前の平泉澄、「満蒙史研究」などなど、様々な立場で「現在的問題」に正面から取り組んでき過去の歴史学・歴史家との比較が欠かせないように思えた。
昨年12月15日に開催された歴史学研究会創立80周年シンポジウムの書籍化。「アクチュアリティ」は、辞書的には「現実(性)・実在、事実・写実性」といった意味だが、帯に「現代の課題にいかに応えるか」とあるように、本書中では「現在的問題へのコミットメントの問題」といった感じでとらえられている。
目次は以下の通り。
第Ⅰ部:歴史学のアクチュアリティ―創立八〇年シンポジウムから
岸本美緒「中国史研究におけるアクチュアリティとリアリティ」
長谷川貴彦「現代歴史学の挑戦―イギリスの経験」
安田常雄「方法としての同時代史」
村井章介「<境界>を考える」
栗田禎子「現代史とは何か」
浅田進史「歴史学のアクチュアリティと向き合う」
藤野裕子「歴史学をめぐる承認―隔離―忘却―ジェンダー史を事例として」
松沢裕作「歴史学のアクチュアリティに関する一つの暫定的立場」
第Ⅱ部:討議 歴史学のアクチュアリティ
討議1「社会史研究と現代歴史学」
討議2「社会主義圏の崩壊・ポスト冷戦と現代歴史学」
討議3「新自由主義時代と歴史学の将来」
シンポジウムには行けなかったけど、本になったら購入しようとおもっていた企画。期待にたがわず面白かった。若手研究者問題(浅田論文)・ジェンダー史(藤野論文)も取り上げられている。
まえがきと松沢論文で指摘されているように、「アクチュアリティ」のとらえ方をめぐって、岸本論文と栗田論文では大きく異なっている。どの立場をとるかは、人それぞれだろうが、僕自身は岸本論文・松沢論文に共感した。
歴史学のアクチュアリティを考えるためには、60年代の学生運動、安保闘争、1950年代の国民的歴史学運動、戦前の平泉澄、「満蒙史研究」などなど、様々な立場で「現在的問題」に正面から取り組んでき過去の歴史学・歴史家との比較が欠かせないように思えた。
2013年3月12日火曜日
史滴34
『史滴』34(早稲田大学東洋史懇話会、2012年12月)
特集が組まれているわけではないけれど、
かなり面白い一冊となっている。
論説は以下の通り。
小倉聖「『淮南子』天文訓「二十歳刑徳」の「刑」・「徳」運行について」
川手翔生「嶺南士氏交易考」
王博「献俘礼から見た唐・宋軍礼の変容」
高井康典行「唐後半期から遼北宋初期の幽州の「文士」」
尤東進「北宋禁軍における「異族兵」について」
高橋誠「永楽仁孝皇后夢感功徳経の研究」
孫暁瑩「清代内務府商人に対する監督と処分について―損失補償と任免を中心にして」
川手論文は、嶺南における士燮の勢力形成を扱った前稿に続く論稿。史書にみえる物産に着目し、南海交易よりも西南シルクロードとの交易が重要だったのではないかとする。
高井論文は、意外に研究の少なかった唐代後半の幽州藩鎮を取り上げ、どのような人々が上級幕職官に就任したかを追跡し、五代・北宋初期・遼との関係を考察している。
尤論文は、数こそ少ないものの北宋禁軍中に「異族兵」が存在することを指摘。
そのほか翻訳・訳注は以下の通り
王明珂著、柿沼陽平訳「中国漢代の羌―生態学的辺境と民族的境界(五)」
ソグド人墓誌研究ゼミナール「ソグド人漢文墓誌訳注(9)西安出土「安伽墓誌」(北周・大象元年)」
古代東アジア史ゼミナール「祢軍墓誌訳注」
「中国漢代の羌」は、ブックレットみたいな形で是非まとめてほしい。
特集が組まれているわけではないけれど、
かなり面白い一冊となっている。
論説は以下の通り。
小倉聖「『淮南子』天文訓「二十歳刑徳」の「刑」・「徳」運行について」
川手翔生「嶺南士氏交易考」
王博「献俘礼から見た唐・宋軍礼の変容」
高井康典行「唐後半期から遼北宋初期の幽州の「文士」」
尤東進「北宋禁軍における「異族兵」について」
高橋誠「永楽仁孝皇后夢感功徳経の研究」
孫暁瑩「清代内務府商人に対する監督と処分について―損失補償と任免を中心にして」
川手論文は、嶺南における士燮の勢力形成を扱った前稿に続く論稿。史書にみえる物産に着目し、南海交易よりも西南シルクロードとの交易が重要だったのではないかとする。
高井論文は、意外に研究の少なかった唐代後半の幽州藩鎮を取り上げ、どのような人々が上級幕職官に就任したかを追跡し、五代・北宋初期・遼との関係を考察している。
尤論文は、数こそ少ないものの北宋禁軍中に「異族兵」が存在することを指摘。
そのほか翻訳・訳注は以下の通り
王明珂著、柿沼陽平訳「中国漢代の羌―生態学的辺境と民族的境界(五)」
ソグド人墓誌研究ゼミナール「ソグド人漢文墓誌訳注(9)西安出土「安伽墓誌」(北周・大象元年)」
古代東アジア史ゼミナール「祢軍墓誌訳注」
「中国漢代の羌」は、ブックレットみたいな形で是非まとめてほしい。
2013年2月8日金曜日
帝国日本と〈満鮮史〉
井上直樹『帝国日本と〈満鮮史〉―大陸政策と朝鮮・満州認識』(塙書房、2013年1月)
中韓で繰り広げられた高句麗史帰属論争を導入として、
従来から指摘されていた「満鮮史」研究と
日本の大陸政策の関連について、
日露戦争前後から時代を追って詳細に検討。
一国史観にとらわれず、戦前の「満鮮史」とも異なる、
新たな東北アジア史的視座の必要性を説いている。
目次は以下の通り。
Ⅰ高句麗史帰属問題と満鮮史
Ⅱ近代日本の朝鮮・満州認識と日露戦争
Ⅲ日露戦争後の朝鮮・満州支配と満鮮史研究
Ⅳ日本の大陸政策と満鮮史
Ⅴ満州国と満鮮史
Ⅵ満鮮史と高句麗史研究
中韓で繰り広げられた高句麗史帰属論争を導入として、
従来から指摘されていた「満鮮史」研究と
日本の大陸政策の関連について、
日露戦争前後から時代を追って詳細に検討。
一国史観にとらわれず、戦前の「満鮮史」とも異なる、
新たな東北アジア史的視座の必要性を説いている。
目次は以下の通り。
Ⅰ高句麗史帰属問題と満鮮史
Ⅱ近代日本の朝鮮・満州認識と日露戦争
Ⅲ日露戦争後の朝鮮・満州支配と満鮮史研究
Ⅳ日本の大陸政策と満鮮史
Ⅴ満州国と満鮮史
Ⅵ満鮮史と高句麗史研究
2013年2月4日月曜日
歴史家の同時代史的考察について
増淵龍夫『歴史家の同時代史的考察について』(岩波書店、2012年11月)
1983年に出たあの名著がついに復刊!
と思ったら、オンデマンド出版。
体裁はB6判・288頁で、値段は 5,250円。
1983年版を持っているので、当然購入せず。
解説付けて岩波現代文庫に入れるべきじゃないのかなぁ。
内藤湖南批判が現代文庫入りを妨げているのではなかろうか。
と邪推してみたり。たぶん、邪推のはずです。
1983年に出たあの名著がついに復刊!
と思ったら、オンデマンド出版。
体裁はB6判・288頁で、値段は 5,250円。
1983年版を持っているので、当然購入せず。
解説付けて岩波現代文庫に入れるべきじゃないのかなぁ。
内藤湖南批判が現代文庫入りを妨げているのではなかろうか。
と邪推してみたり。たぶん、邪推のはずです。
東方学125
『東方学』125(東方学会、2013年1月)
目次は以下の通り。
[論文]
藤井省三「魯迅恋愛小説における空白の意匠 ―「愛と死(原題:傷逝)」と森鷗外「舞姫」との比較研究―」
島田悠「西晋における礼・法と政局の関係」
武井紀子「古代日本における贓贖物の特徴」
彭浩「18世紀日清貿易における中国商人の組織化 ―額商の成立と貿易独占を中心に―」
田中智行「 『金瓶梅』張竹坡批評の態度―金聖歎の継承と展開―」
喬玉鈺「清代女性詩人の非業の死に見る才女の内面世界と社会背景 ―上海の李媞を中心に―」
川島優子「江戸時代における「資料」としての『金瓶梅』 ―高階正巽の読みを通して―」
[翻訳]
牛来穎著、江川式部訳「唐宋の贓贖銭物と国家地方財政―『天聖令』を中心に―」
[内外東方学界消息]
東野治之「日本国号の研究動向と課題」
丸山裕美子「2011年北京、三つの研究会レポート―天聖令・古文書・大唐西市墓誌―」
小川英世「第15回国際サンスクリット学会報告」
妹尾達彦「ケンブリッジ中国学の昨今」
平成24年度第31回東方学会賞発表
平成24年度秋季学術大会講演・研究発表要旨
[座談会]
「先学を語る―島田虔司先生―」 〔出席〕小野和子、狭間直樹 (司会)、三浦國雄、森紀子、吉川忠夫
[追悼文]
藪司郎「恩師西田龍雄先生を偲ぶ―先生のチベット=ビルマ語研究―」
庄垣内正弘「哀惜 西田龍雄先生」
盛りだくさんの内容。珍しく『金瓶梅』関係の論文が二つもある。
武井論文は、牛論文のもとになった報告に基づいていて、相互に参照することができる。
東野論文は、日本国号について、一時期話題になった「禰軍墓誌」に言及。墓誌の読解に関しては、いくつか疑問もあるが、墓誌中の「日本」が「日本国号」ではない、という結論は定着しそうな印象。
目次は以下の通り。
[論文]
藤井省三「魯迅恋愛小説における空白の意匠 ―「愛と死(原題:傷逝)」と森鷗外「舞姫」との比較研究―」
島田悠「西晋における礼・法と政局の関係」
武井紀子「古代日本における贓贖物の特徴」
彭浩「18世紀日清貿易における中国商人の組織化 ―額商の成立と貿易独占を中心に―」
田中智行「 『金瓶梅』張竹坡批評の態度―金聖歎の継承と展開―」
喬玉鈺「清代女性詩人の非業の死に見る才女の内面世界と社会背景 ―上海の李媞を中心に―」
川島優子「江戸時代における「資料」としての『金瓶梅』 ―高階正巽の読みを通して―」
[翻訳]
牛来穎著、江川式部訳「唐宋の贓贖銭物と国家地方財政―『天聖令』を中心に―」
[内外東方学界消息]
東野治之「日本国号の研究動向と課題」
丸山裕美子「2011年北京、三つの研究会レポート―天聖令・古文書・大唐西市墓誌―」
小川英世「第15回国際サンスクリット学会報告」
妹尾達彦「ケンブリッジ中国学の昨今」
平成24年度第31回東方学会賞発表
平成24年度秋季学術大会講演・研究発表要旨
[座談会]
「先学を語る―島田虔司先生―」 〔出席〕小野和子、狭間直樹 (司会)、三浦國雄、森紀子、吉川忠夫
[追悼文]
藪司郎「恩師西田龍雄先生を偲ぶ―先生のチベット=ビルマ語研究―」
庄垣内正弘「哀惜 西田龍雄先生」
盛りだくさんの内容。珍しく『金瓶梅』関係の論文が二つもある。
武井論文は、牛論文のもとになった報告に基づいていて、相互に参照することができる。
東野論文は、日本国号について、一時期話題になった「禰軍墓誌」に言及。墓誌の読解に関しては、いくつか疑問もあるが、墓誌中の「日本」が「日本国号」ではない、という結論は定着しそうな印象。
2013年1月29日火曜日
海から見た歴史
羽田正編・小島毅監修『東アジア海域に漕ぎだす1 海から見た歴史』(東京大学出版会、2013年1月)
共同研究「東アジアの海域交流と日本伝統文化の形成(にんぷろ)」のなかの「東アジア海域史研究会」が母体となって書かれた「東アジア海域」の概説書。分担執筆ではなく、真の意味での共著の形式をとっている。
目次は以下の通り。
プロローグ 海から見た歴史へのいざない
第I部 ひらかれた海 一二五〇―一三五〇年
一 時代の構図
二 海域交流の舞台背景と担い手たち
三 海商がおしひろげる海域交流――開放性の拡大
四 モンゴルの衝撃がもたらしたもの――開放のなかの閉鎖性
五 モノと技術の往来――すそ野の拡大と双方向性
第II部 せめぎあう海 一五〇〇―一六〇〇年
一 時代の構図
二 大倭寇時代――東アジア貿易秩序の変動
三 海商たちの時代
四 多様で混沌とした文化の展開
第III部 すみわける海 一七〇〇―一八〇〇年
一 時代の構図
二 海商たちと「近世国家」の“すみわけ”
三 交流と居留の圧縮と集中
四 海をまたぐモノと情報
それぞれの内容の衝撃度はそれほど大きくないけど、全体でみるととても新鮮。なんといっても読みやすい。『新しい世界史へ』の著者羽田氏が編者であることもあってか、同時代の別の地域(中国・朝鮮半島・日本列島・琉球諸島・東南アジアなど)が自然な形で並列的に扱われている。第Ⅰ部~第Ⅲ部の時代ごとの変化と、横の地域ごとの違いや共通点がすんなり入ってくる。
似た試みをユーラシア大陸(中国・チベット高原・モンゴル高原・中央アジアなど)でもできたら面白いのになぁ。
共同研究「東アジアの海域交流と日本伝統文化の形成(にんぷろ)」のなかの「東アジア海域史研究会」が母体となって書かれた「東アジア海域」の概説書。分担執筆ではなく、真の意味での共著の形式をとっている。
目次は以下の通り。
プロローグ 海から見た歴史へのいざない
第I部 ひらかれた海 一二五〇―一三五〇年
一 時代の構図
二 海域交流の舞台背景と担い手たち
三 海商がおしひろげる海域交流――開放性の拡大
四 モンゴルの衝撃がもたらしたもの――開放のなかの閉鎖性
五 モノと技術の往来――すそ野の拡大と双方向性
第II部 せめぎあう海 一五〇〇―一六〇〇年
一 時代の構図
二 大倭寇時代――東アジア貿易秩序の変動
三 海商たちの時代
四 多様で混沌とした文化の展開
第III部 すみわける海 一七〇〇―一八〇〇年
一 時代の構図
二 海商たちと「近世国家」の“すみわけ”
三 交流と居留の圧縮と集中
四 海をまたぐモノと情報
それぞれの内容の衝撃度はそれほど大きくないけど、全体でみるととても新鮮。なんといっても読みやすい。『新しい世界史へ』の著者羽田氏が編者であることもあってか、同時代の別の地域(中国・朝鮮半島・日本列島・琉球諸島・東南アジアなど)が自然な形で並列的に扱われている。第Ⅰ部~第Ⅲ部の時代ごとの変化と、横の地域ごとの違いや共通点がすんなり入ってくる。
似た試みをユーラシア大陸(中国・チベット高原・モンゴル高原・中央アジアなど)でもできたら面白いのになぁ。
2013年1月18日金曜日
表紙裏の書誌学
渡辺守邦『表紙裏の書誌学』(笠間書院、2012年12月)
この題名を見たとき、すぐに連想したのが、戦後になって再発見された北村透谷の「楚囚の詩」(明治時代の書物の材料として使われていた)。確か紀田順一郎の小説で、その話を知った気がする。
本書は、近世初期の板本(1640~50年代頃まで)の表紙の補強材として使われた反故紙に、古活字本などが使用されていることに着目し、ワークショップや調査を通じて、表紙裏反故紙の活用を提唱している。
次々に貴重な反故紙が登場し、宝探しのような気分になる。綿密な調査で反故紙の書誌情報を特定していて、参考図版も鮮明。ただし、近世初期の板本自体が、すでに貴重書であることから、文物破壊との指摘があることも忘れてはいない。原状復帰を原則としているが、第三章で論じているように、原状復帰とも反故紙の別置とも異なる新しい保存法も模索している。
目次は以下の通り。
第一章 表紙裏反古の諸問題 *材料は『闕疑抄』
第二章 ワークショップ報告「表紙裏から反古が出た」
*材料は『黒谷上人語燈録』・観世流の卯月本・『全九集』・『清水物語』
第三章 表紙裏反古の保存法について―国立公文書館蔵の嵯峨本『史記』を中心に
第四章 表紙裏反古の諸問題・続考 東京大学附属図書館蔵『鴉鷺物語』の場合
追録 小山正文「寛永二十年版『黒谷上人語燈録』の表紙裏より抽出された宗存版」
古活字本の漢籍・和書・仏教書が次々に出てきて飽きない。第一章で取り上げられた表紙屋の大福帳は、当時、出回っていた書籍の一端を示してくれて面白い。
読んでてついつい笑ってしまったのが、第二章の『全九集』。幸運にも本を解体することなく、反故紙の由来を明らかにでき、多大な成果が得られたにもかかわらず、実際の解体作業をせずに、解決してしまったので、会場の雰囲気がいま一つ盛り上がらなかったこと。
そして、その場の雰囲気を予想して準備した『清水物語』を、初参加の二人の女性に解体してもらったところ、「作業テーブルを囲んで輪ができ、周囲からアドバイスが飛び交ってその場の陽気なこと」。このワークショップの参加者は、研究者が多かったようなのだが、やはり宝探し的なわくわく感が、どこかにあったに違いない。
この題名を見たとき、すぐに連想したのが、戦後になって再発見された北村透谷の「楚囚の詩」(明治時代の書物の材料として使われていた)。確か紀田順一郎の小説で、その話を知った気がする。
本書は、近世初期の板本(1640~50年代頃まで)の表紙の補強材として使われた反故紙に、古活字本などが使用されていることに着目し、ワークショップや調査を通じて、表紙裏反故紙の活用を提唱している。
次々に貴重な反故紙が登場し、宝探しのような気分になる。綿密な調査で反故紙の書誌情報を特定していて、参考図版も鮮明。ただし、近世初期の板本自体が、すでに貴重書であることから、文物破壊との指摘があることも忘れてはいない。原状復帰を原則としているが、第三章で論じているように、原状復帰とも反故紙の別置とも異なる新しい保存法も模索している。
目次は以下の通り。
第一章 表紙裏反古の諸問題 *材料は『闕疑抄』
第二章 ワークショップ報告「表紙裏から反古が出た」
*材料は『黒谷上人語燈録』・観世流の卯月本・『全九集』・『清水物語』
第三章 表紙裏反古の保存法について―国立公文書館蔵の嵯峨本『史記』を中心に
第四章 表紙裏反古の諸問題・続考 東京大学附属図書館蔵『鴉鷺物語』の場合
追録 小山正文「寛永二十年版『黒谷上人語燈録』の表紙裏より抽出された宗存版」
古活字本の漢籍・和書・仏教書が次々に出てきて飽きない。第一章で取り上げられた表紙屋の大福帳は、当時、出回っていた書籍の一端を示してくれて面白い。
読んでてついつい笑ってしまったのが、第二章の『全九集』。幸運にも本を解体することなく、反故紙の由来を明らかにでき、多大な成果が得られたにもかかわらず、実際の解体作業をせずに、解決してしまったので、会場の雰囲気がいま一つ盛り上がらなかったこと。
そして、その場の雰囲気を予想して準備した『清水物語』を、初参加の二人の女性に解体してもらったところ、「作業テーブルを囲んで輪ができ、周囲からアドバイスが飛び交ってその場の陽気なこと」。このワークショップの参加者は、研究者が多かったようなのだが、やはり宝探し的なわくわく感が、どこかにあったに違いない。
2013年1月11日金曜日
契丹[遼]と10~12世紀の東ユーラシア
荒川慎太郎・澤本光弘・高井康典行・渡辺健哉編『契丹[遼]と10~12世紀の東ユーラシア』(勉誠出版、2013年1月)
勉誠出版のアジア遊学160。契丹研究の最前線が凝縮されていて魅力満載。契丹の多様な国際関係にはじまり、契丹の出版文化・仏教・官制・都城、契丹文字、考古成果、契丹滅亡後の契丹人とその記憶、などなどテーマは幅広く、さまざまな角度から契丹を知ることができる。
荒川論文が紹介しているロシアで見つかった契丹大字写本は、15000字前後と目されており、内容も仏典や漢語古典ではなく、契丹の史的事実に言及している可能性があるらしい。解読が進めば、契丹文字・契丹語・契丹史の研究が飛躍的に進むことは間違いない。さらにカラキタイ領域の遺跡から出土した可能性が高いことから、これまで空白だったカラキタイ(西遼)の研究が進展するかもしれない。
目次は以下の通り。
一:契丹[遼]とその国際関係
古松崇志「十~十二世紀における契丹の興亡とユーラシア東方の国際情勢」
高井康典行「世界史の中で契丹[遼]史をいかに位置づけるか―いくつかの可能性」
山崎覚士「五代十国史と契丹」
毛利英介「澶淵の盟について―盟約から見る契丹と北宋の関係」
松井太「契丹とウイグルの関係」
【コラム】赤羽目匡由「契丹と渤海との関係」
二:契丹[遼]の社会・文化
磯部彰「遼帝国の出版文化と東アジア」
藤原崇人「草海の仏教王国―石刻・仏塔文物に見る契丹の仏教」
澤本光弘「『神宗皇帝即位使遼語録』の概要と成立過程」
武田和哉「契丹国(遼朝)の北面官制とその歴史的変質」
高橋学而「遼中京大定府の成立―管轄下の州県城から」
【コラム】弓場紀知「日本に伝わる契丹の陶磁器―契丹陶磁器の研究史的観点を中心にして」
【コラム】阿南ヴァージニア史代・渡辺健哉「遼南京の仏教文化雑記」
三:契丹研究の新展開―近年の新出資料から
武内康則「最新の研究からわかる契丹文字の姿」
呉英喆「中国新出の契丹文字資料」
荒川慎太郎「ロシア所蔵契丹大字写本冊子について」
【コラム】松川節「契丹文字の新資料」
白石典之「ゴビ砂漠における契丹系文化の遺跡」
臼杵勲「チントルゴイ城址と周辺遺跡」
董新林「遼祖陵陵園遺跡の考古学的新発見と研究」
【展覧会記録】市元塁「契丹の遺宝は何を伝えるか―草原の王朝契丹展の現場から」
四:その後の契丹[遼]
飯山知保「遼の〝漢人〟遺民のその後」
松浦智子「明代小説にみえる契丹―楊家将演義から」
水盛涼一「清人のみた契丹」
【博物館紹介】石尾和仁「徳島県立鳥居龍蔵記念博物館」
【コラム】河内春人「フランス・シノロジーと契丹」
勉誠出版のアジア遊学160。契丹研究の最前線が凝縮されていて魅力満載。契丹の多様な国際関係にはじまり、契丹の出版文化・仏教・官制・都城、契丹文字、考古成果、契丹滅亡後の契丹人とその記憶、などなどテーマは幅広く、さまざまな角度から契丹を知ることができる。
荒川論文が紹介しているロシアで見つかった契丹大字写本は、15000字前後と目されており、内容も仏典や漢語古典ではなく、契丹の史的事実に言及している可能性があるらしい。解読が進めば、契丹文字・契丹語・契丹史の研究が飛躍的に進むことは間違いない。さらにカラキタイ領域の遺跡から出土した可能性が高いことから、これまで空白だったカラキタイ(西遼)の研究が進展するかもしれない。
目次は以下の通り。
一:契丹[遼]とその国際関係
古松崇志「十~十二世紀における契丹の興亡とユーラシア東方の国際情勢」
高井康典行「世界史の中で契丹[遼]史をいかに位置づけるか―いくつかの可能性」
山崎覚士「五代十国史と契丹」
毛利英介「澶淵の盟について―盟約から見る契丹と北宋の関係」
松井太「契丹とウイグルの関係」
【コラム】赤羽目匡由「契丹と渤海との関係」
二:契丹[遼]の社会・文化
磯部彰「遼帝国の出版文化と東アジア」
藤原崇人「草海の仏教王国―石刻・仏塔文物に見る契丹の仏教」
澤本光弘「『神宗皇帝即位使遼語録』の概要と成立過程」
武田和哉「契丹国(遼朝)の北面官制とその歴史的変質」
高橋学而「遼中京大定府の成立―管轄下の州県城から」
【コラム】弓場紀知「日本に伝わる契丹の陶磁器―契丹陶磁器の研究史的観点を中心にして」
【コラム】阿南ヴァージニア史代・渡辺健哉「遼南京の仏教文化雑記」
三:契丹研究の新展開―近年の新出資料から
武内康則「最新の研究からわかる契丹文字の姿」
呉英喆「中国新出の契丹文字資料」
荒川慎太郎「ロシア所蔵契丹大字写本冊子について」
【コラム】松川節「契丹文字の新資料」
白石典之「ゴビ砂漠における契丹系文化の遺跡」
臼杵勲「チントルゴイ城址と周辺遺跡」
董新林「遼祖陵陵園遺跡の考古学的新発見と研究」
【展覧会記録】市元塁「契丹の遺宝は何を伝えるか―草原の王朝契丹展の現場から」
四:その後の契丹[遼]
飯山知保「遼の〝漢人〟遺民のその後」
松浦智子「明代小説にみえる契丹―楊家将演義から」
水盛涼一「清人のみた契丹」
【博物館紹介】石尾和仁「徳島県立鳥居龍蔵記念博物館」
【コラム】河内春人「フランス・シノロジーと契丹」
2012年12月31日月曜日
『『詩経』―歌の原始』
小南一郎『『詩経』―歌の原始』(岩波書店、2012年12月)
「書物誕生―あたらしい古典入門」シリーズの最新刊。シリーズ中唯一の五経。
第Ⅰ部:古代歌謡集の形成と伝承では、『詩経』の形成が小南流に論じられている。
第Ⅱ部:歌の力では、小序の理解をとらず、国風部分=民謡由来説にも違和感を示し、時代背景・歌い手の社会階層や時代の幅・歌の機能に注目しながら、詩を読解している。
目次は以下の通り。
第Ⅰ部:古代歌謡集の形成と伝承
第一章 詩経の形成
第二章 孔子と詩経
第三章 経典化した詩経とその注釈
第Ⅱ部:歌の力
第一章 宗廟歌謡の伝承―生民如何(民を生むこといかに)
第二章 農耕の日々―自古有年(古より年あり)
第三章 貴族と民衆たち―王事靡盬(王事 盬きことなし)
第四章 時代の混乱と言葉の力―天之方虐(天のまさに虐をなす)
第五章 孤独と悲しみ―我心匪石(わが心は石にあらず)
「書物誕生―あたらしい古典入門」シリーズの最新刊。シリーズ中唯一の五経。
第Ⅰ部:古代歌謡集の形成と伝承では、『詩経』の形成が小南流に論じられている。
第Ⅱ部:歌の力では、小序の理解をとらず、国風部分=民謡由来説にも違和感を示し、時代背景・歌い手の社会階層や時代の幅・歌の機能に注目しながら、詩を読解している。
目次は以下の通り。
第Ⅰ部:古代歌謡集の形成と伝承
第一章 詩経の形成
第二章 孔子と詩経
第三章 経典化した詩経とその注釈
第Ⅱ部:歌の力
第一章 宗廟歌謡の伝承―生民如何(民を生むこといかに)
第二章 農耕の日々―自古有年(古より年あり)
第三章 貴族と民衆たち―王事靡盬(王事 盬きことなし)
第四章 時代の混乱と言葉の力―天之方虐(天のまさに虐をなす)
第五章 孤独と悲しみ―我心匪石(わが心は石にあらず)
2012年12月23日日曜日
敦煌の民族と東西交流
栄新江著、高田時雄監訳、西村陽子訳『敦煌の民族と東西交流』(東方書店、2012年12月)
敦煌の歴史を東西交流・民族に軸を据えてフルカラーで紹介。概説書で扱われることが少ない吐蕃・帰義軍・ウイグル時代の敦煌統治・敦煌仏教や于闐との関係についても詳しい。敦煌が中国史の枠だけでとらえられない場所であることがよくわかる。
目次は以下の通り。
一、月氏 古代敦煌の白人種
二、玉門関と懸泉置 漢代の関城と宿駅
三、仏教東漸 敦煌の仏教都市空間
四、ソグド商胡と敦煌の胡人聚落
五、吐蕃の敦煌統治とチベット文化の貢献
六、帰義軍時期のシルクロード
七、ウイグルと敦煌
八、于闐と沙州
ちなみに、本書のなかには、監訳者あとがき等はなく、翻訳の経緯は不明。一見すると日本オリジナルに見えるが、東方書店のHPを見ると、柴剣紅主編の敦煌歴史文化絵巻シリーズの第一弾で、「中国における敦煌学の第一人者が多数のカラー図版とともに一般読者に向けて書き下ろし、高い評価を受けた「走近敦煌叢書」の日本語版。日中共同出版。シリーズ全3巻予定。」とあり、原書は『華戎交匯―敦煌民族与中西交通/走近敦煌叢書』(甘粛教育出版社、2008)だそうだ。本の中に刊行経緯や原書の記載が一切ないのはなぜなのだろうか。
敦煌の歴史を東西交流・民族に軸を据えてフルカラーで紹介。概説書で扱われることが少ない吐蕃・帰義軍・ウイグル時代の敦煌統治・敦煌仏教や于闐との関係についても詳しい。敦煌が中国史の枠だけでとらえられない場所であることがよくわかる。
目次は以下の通り。
一、月氏 古代敦煌の白人種
二、玉門関と懸泉置 漢代の関城と宿駅
三、仏教東漸 敦煌の仏教都市空間
四、ソグド商胡と敦煌の胡人聚落
五、吐蕃の敦煌統治とチベット文化の貢献
六、帰義軍時期のシルクロード
七、ウイグルと敦煌
八、于闐と沙州
ちなみに、本書のなかには、監訳者あとがき等はなく、翻訳の経緯は不明。一見すると日本オリジナルに見えるが、東方書店のHPを見ると、柴剣紅主編の敦煌歴史文化絵巻シリーズの第一弾で、「中国における敦煌学の第一人者が多数のカラー図版とともに一般読者に向けて書き下ろし、高い評価を受けた「走近敦煌叢書」の日本語版。日中共同出版。シリーズ全3巻予定。」とあり、原書は『華戎交匯―敦煌民族与中西交通/走近敦煌叢書』(甘粛教育出版社、2008)だそうだ。本の中に刊行経緯や原書の記載が一切ないのはなぜなのだろうか。
2012年12月15日土曜日
白氏文集は〈もんじゅう〉か〈ぶんしゅう〉か
神鷹徳治『白氏文集は〈もんじゅう〉か〈ぶんしゅう〉か』(游学社、2012年11月)
題名の通り、白氏文集の読み方(「もんじゅう」or「ぶんしゅう」)をめぐる本。全103頁なのですぐに読めます。結論からいえば、明治20年代までは「ぶんしゅう」と読まれており、「もんじゅう」という読みは、明治30年代に誕生した新しい読み方にすぎない、というもの。なぜ、「もんじゅう」という読み方が誕生したのかも説明している。これを契機に「もんじゅう」なる読みが一掃されればよいのだが。
題名の通り、白氏文集の読み方(「もんじゅう」or「ぶんしゅう」)をめぐる本。全103頁なのですぐに読めます。結論からいえば、明治20年代までは「ぶんしゅう」と読まれており、「もんじゅう」という読みは、明治30年代に誕生した新しい読み方にすぎない、というもの。なぜ、「もんじゅう」という読み方が誕生したのかも説明している。これを契機に「もんじゅう」なる読みが一掃されればよいのだが。
2012年12月6日木曜日
もうすぐ出る気になる本
備忘録代わりに、もうすぐ出るはずの気になる本を列挙。
なぜ年末年始にこれだけ次々に出るのだろうか。
小南一郎『詩経―歌の原始―』(岩波書店、2012年12月19日刊行予定)
栄新江著、高田時雄監訳、西村陽子訳『敦煌の民族と東西交流』(東方書店、2012年12月中旬刊行予定)
小島毅監修、 羽田正編『東アジア海域に漕ぎだす1 海から見た歴史』(東京大学出版会、2012年12月下旬刊行予定)
小島毅監修、早坂俊廣編『東アジア海域に漕ぎだす2 文化都市 寧波』(東京大学出版会、2013年1月下旬刊行予定)
荒川慎太郎・澤本光弘・高井康典行・渡辺健哉編『契丹[遼]と10~12世紀の東部ユーラシア』(勉誠出版、2013年1月刊行予定)
趣味の領域に近いものでは、
渡辺守邦『表紙裏の書誌学』(笠間書院、2012年下旬刊行予定)
がもっとも気になる。
古本屋や古典会とかで和書に触れると、
表紙裏に文字が見えることがよくある。
気になっても、解体して調べるわけにもいかず、
もやもやしたままで終わっていたのだけど、
その和書の表紙裏に利用された反古紙を対象にした本。
目次は以下の通り。
第一章 表紙裏反古の諸問題
第二章 ワークショップ報告「表紙裏から反古が出た」
第三章 表紙裏反古の保存法について 国立公文書館蔵の嵯峨本『史記』を中心に
第四章 表紙裏反古の諸問題・続考 東京大学附属図書館蔵『鴉鷺物語』の場合
追録 小山正文「寛永二十年版『黒谷上人語燈録』の表紙裏より抽出された宗存版」
なぜ年末年始にこれだけ次々に出るのだろうか。
小南一郎『詩経―歌の原始―』(岩波書店、2012年12月19日刊行予定)
栄新江著、高田時雄監訳、西村陽子訳『敦煌の民族と東西交流』(東方書店、2012年12月中旬刊行予定)
小島毅監修、 羽田正編『東アジア海域に漕ぎだす1 海から見た歴史』(東京大学出版会、2012年12月下旬刊行予定)
小島毅監修、早坂俊廣編『東アジア海域に漕ぎだす2 文化都市 寧波』(東京大学出版会、2013年1月下旬刊行予定)
荒川慎太郎・澤本光弘・高井康典行・渡辺健哉編『契丹[遼]と10~12世紀の東部ユーラシア』(勉誠出版、2013年1月刊行予定)
趣味の領域に近いものでは、
渡辺守邦『表紙裏の書誌学』(笠間書院、2012年下旬刊行予定)
がもっとも気になる。
古本屋や古典会とかで和書に触れると、
表紙裏に文字が見えることがよくある。
気になっても、解体して調べるわけにもいかず、
もやもやしたままで終わっていたのだけど、
その和書の表紙裏に利用された反古紙を対象にした本。
目次は以下の通り。
第一章 表紙裏反古の諸問題
第二章 ワークショップ報告「表紙裏から反古が出た」
第三章 表紙裏反古の保存法について 国立公文書館蔵の嵯峨本『史記』を中心に
第四章 表紙裏反古の諸問題・続考 東京大学附属図書館蔵『鴉鷺物語』の場合
追録 小山正文「寛永二十年版『黒谷上人語燈録』の表紙裏より抽出された宗存版」
2012年11月28日水曜日
茶経 全訳注
布目潮渢『茶経 全訳注』(講談社学術文庫、2012年10月)
2001年8月に淡交社から出た『茶経詳解』の文庫化。新たに付された解説などはないため、淡交社版を持っている人には、買う意味がなさそう。
僕は淡交社版を持ってなかったので購入。『茶経詳解』は定価5000円強だし、そもそも絶版で手に入りにくく、古本価格も結構な値段なので、文庫で手に入るのは本当にありがたい。
語釈が詳細で、なにより多数挿入された図版がいい。イメージしにくい植物や茶器も、『中国高等植物図鑑』や実物写真などで具体的な形がわかる。
ちょうど、同じ月に熊倉功夫・程啓坤編『陸羽『茶経』の研究』(宮帯出版社、2012年10月)が出ている。偶然とはいえ面白い。ちなみに目次は以下の通り。
姚国坤「陸羽の人物と業績」
関剣平「『茶経』に関する発生学的研究」
沈冬梅「陸羽『茶経』の歴史的影響と意義」
余 悦「唐代陸羽『茶経』の経典化の過程について」
高橋忠彦「『茶経』の用字に関して」
程啓坤「唐代における茶葉の種類およびその加工に関する研究」
中村羊一郎「陸羽の『茶経』に見える地方の茶と現代東アジアの茶生産」
中村修也「古代日本における『茶経』の影響」
熊倉功夫「陸羽の『茶経』と岡倉天心の『茶の本』」
高橋忠彦 『茶経』原文と訓読
2001年8月に淡交社から出た『茶経詳解』の文庫化。新たに付された解説などはないため、淡交社版を持っている人には、買う意味がなさそう。
僕は淡交社版を持ってなかったので購入。『茶経詳解』は定価5000円強だし、そもそも絶版で手に入りにくく、古本価格も結構な値段なので、文庫で手に入るのは本当にありがたい。
語釈が詳細で、なにより多数挿入された図版がいい。イメージしにくい植物や茶器も、『中国高等植物図鑑』や実物写真などで具体的な形がわかる。
ちょうど、同じ月に熊倉功夫・程啓坤編『陸羽『茶経』の研究』(宮帯出版社、2012年10月)が出ている。偶然とはいえ面白い。ちなみに目次は以下の通り。
姚国坤「陸羽の人物と業績」
関剣平「『茶経』に関する発生学的研究」
沈冬梅「陸羽『茶経』の歴史的影響と意義」
余 悦「唐代陸羽『茶経』の経典化の過程について」
高橋忠彦「『茶経』の用字に関して」
程啓坤「唐代における茶葉の種類およびその加工に関する研究」
中村羊一郎「陸羽の『茶経』に見える地方の茶と現代東アジアの茶生産」
中村修也「古代日本における『茶経』の影響」
熊倉功夫「陸羽の『茶経』と岡倉天心の『茶の本』」
高橋忠彦 『茶経』原文と訓読
2012年11月22日木曜日
江戸の読書会
前田勉『江戸の読書会―会読の思想史』(平凡社、2012年10月)
江戸時代に普及した議論する読書会=会読。
伊藤仁斎や荻生徂徠のもとで、儒学を学ぶためにはじまり、その相互コミュニケーション性・対等性・結社性の三原理ゆえに、身分社会との軋轢を経験しつつ、各地の私塾(蘭学・国学)・藩校に普及し、幕末・明治の精神・思想を準備したのだとする。
江戸時代の学問は講釈中心で、会読形式は蘭学(『解体新書』の翻訳)に始まったとばかり思っていたので、目からウロコが落ちることしきり。遊戯性を帯びていて、立身出世と直結しないからこそ、普及したという指摘も面白い。会読のエッセンスをなんとか授業に取り入れられないかなぁ。
江戸時代に普及した議論する読書会=会読。
伊藤仁斎や荻生徂徠のもとで、儒学を学ぶためにはじまり、その相互コミュニケーション性・対等性・結社性の三原理ゆえに、身分社会との軋轢を経験しつつ、各地の私塾(蘭学・国学)・藩校に普及し、幕末・明治の精神・思想を準備したのだとする。
江戸時代の学問は講釈中心で、会読形式は蘭学(『解体新書』の翻訳)に始まったとばかり思っていたので、目からウロコが落ちることしきり。遊戯性を帯びていて、立身出世と直結しないからこそ、普及したという指摘も面白い。会読のエッセンスをなんとか授業に取り入れられないかなぁ。
2012年11月13日火曜日
2012年10月31日水曜日
李白
金文京『李白―漂泊の詩人 その夢と現実』(岩波書店、2012年10月)
岩波書店の「書物誕生 あたらしい古典入門」シリーズの最新刊。このシリーズは、「書物誕生」のはずなのに、『論語』・『史記と漢書』・『老子』などとともに、陶淵明・杜甫・李白の三人の詩人がなぜか取り上げられている。
『杜甫』も『陶淵明』も、あまり他の概説書と変わり映えしない印象だったけど、『李白』は他書にない李白像が示されている。
第Ⅰ部では、李白の出自(胡商)、李白伝説、李白詩文集の形成を紹介。第Ⅱ部では、「山人」の視点から李白の漂泊の人生をとらえなおしている。功名への野望を抱き、地方官に無心し、道教にそまる李白。第Ⅱ部第五章では、「政治的感覚に欠如した頓珍漢な人間であった」ことを指摘している。第Ⅱ部第Ⅱ章での、胡商出身であるがゆえに、士人の儒教的行動様式にうとかったという指摘にも眼からウロコが落ちた。第Ⅰ部・第Ⅱ部ともに興味深く、一気に読んでしまった。
岩波書店の「書物誕生 あたらしい古典入門」シリーズの最新刊。このシリーズは、「書物誕生」のはずなのに、『論語』・『史記と漢書』・『老子』などとともに、陶淵明・杜甫・李白の三人の詩人がなぜか取り上げられている。
『杜甫』も『陶淵明』も、あまり他の概説書と変わり映えしない印象だったけど、『李白』は他書にない李白像が示されている。
第Ⅰ部では、李白の出自(胡商)、李白伝説、李白詩文集の形成を紹介。第Ⅱ部では、「山人」の視点から李白の漂泊の人生をとらえなおしている。功名への野望を抱き、地方官に無心し、道教にそまる李白。第Ⅱ部第五章では、「政治的感覚に欠如した頓珍漢な人間であった」ことを指摘している。第Ⅱ部第Ⅱ章での、胡商出身であるがゆえに、士人の儒教的行動様式にうとかったという指摘にも眼からウロコが落ちた。第Ⅰ部・第Ⅱ部ともに興味深く、一気に読んでしまった。
2012年10月12日金曜日
虚構ゆえの真実
ジョン・R・マクレー著、小川隆解説『虚構ゆえの真実―新中国禅宗史』(大蔵出版、2012年5月)
出版直後から、『虚構ゆえの真実』というタイトルに魅かれて、気になっていたのだけれど、禅宗史という慣れないジャンルであることから、敬遠してしまっていた。しかし、最近、わけあって、小川隆氏の唐代の禅宗に関する本を三冊読んだので、チャレンジしてみることに。冒頭で小川隆氏が、従来の禅宗理解とマクレー氏の著作の新しさ・課題を解説していて、入りやすい。
目次は以下の通り。
小川隆解説「破家散宅の書」
第一章「法系を見る―禅仏教についての新しい視座」
第二章「発端―菩提達摩と東山法門を区別しつつ接続する」
第三章「首都禅―朝廷の外護と禅のスタイル」
第四章「機縁問答の謎―誰が、何を、いつ、どこで?」
第五章「禅と資金調達の法―宋代における宗教的活力と制度的独占」
第六章「クライマックス・パラダイム―宋代禅における文化的両義性と自己修養の諸類型」
一見してわかるとおり、通常の仏教史とは全く違ったスタイルをとっている。従来の伝灯・法系を軸とした禅宗史を宋代に構築された「虚構」とみなし、その禅宗史像を白紙に戻して、原始禅(達摩・恵可)、初期禅(600~900頃)、中期禅(750~1000頃)の禅について考え直している。さらに、「虚構」と言って切り捨てるのではなく、「虚構」であるがゆえに重要であるとして、宋代の禅についても検討している。
ジャンル・時代は違えど、今、考えている問題と、方法論・問題意識の点で大いに参考になった。本書中で多くの課題・研究テーマを開拓しているが、マクレー氏は2011年10月に64歳で亡くなってしまったため、今後の発展を見ることはできない。非常に残念。
出版直後から、『虚構ゆえの真実』というタイトルに魅かれて、気になっていたのだけれど、禅宗史という慣れないジャンルであることから、敬遠してしまっていた。しかし、最近、わけあって、小川隆氏の唐代の禅宗に関する本を三冊読んだので、チャレンジしてみることに。冒頭で小川隆氏が、従来の禅宗理解とマクレー氏の著作の新しさ・課題を解説していて、入りやすい。
目次は以下の通り。
小川隆解説「破家散宅の書」
第一章「法系を見る―禅仏教についての新しい視座」
第二章「発端―菩提達摩と東山法門を区別しつつ接続する」
第三章「首都禅―朝廷の外護と禅のスタイル」
第四章「機縁問答の謎―誰が、何を、いつ、どこで?」
第五章「禅と資金調達の法―宋代における宗教的活力と制度的独占」
第六章「クライマックス・パラダイム―宋代禅における文化的両義性と自己修養の諸類型」
一見してわかるとおり、通常の仏教史とは全く違ったスタイルをとっている。従来の伝灯・法系を軸とした禅宗史を宋代に構築された「虚構」とみなし、その禅宗史像を白紙に戻して、原始禅(達摩・恵可)、初期禅(600~900頃)、中期禅(750~1000頃)の禅について考え直している。さらに、「虚構」と言って切り捨てるのではなく、「虚構」であるがゆえに重要であるとして、宋代の禅についても検討している。
ジャンル・時代は違えど、今、考えている問題と、方法論・問題意識の点で大いに参考になった。本書中で多くの課題・研究テーマを開拓しているが、マクレー氏は2011年10月に64歳で亡くなってしまったため、今後の発展を見ることはできない。非常に残念。
知日 特集猫
蘇静主編『知日・猫』(中信出版社、2012年8月)
中国で出版されている日本文化を知る雑誌『知日』。
8月に出た第5号では、日本の猫をクローズアップ。
日本文化を知るために、猫に着目するとはさすが。
しかも、中途半端な特集ではなく、全183頁中、158頁が猫。
(そのうち、藤子・F・不二雄博物館が24頁)
写真も豊富で眺めているだけで満足できる。
内容は、猫漫画、猫島(田代島)、猫カフェ、
荒木経惟とチロ、かご猫、駅長たまなどなど。
東方書店の9月のベスト10(中文書)では、
なんと堂々の第二位。やはり猫好きって多いんだなぁ。
ちなみに『知日』の第6号は、鉄道らしい。
中国人は、鉄道マニアをどうみているのだろうか。
ちょっと気になる。
中国で出版されている日本文化を知る雑誌『知日』。
8月に出た第5号では、日本の猫をクローズアップ。
日本文化を知るために、猫に着目するとはさすが。
しかも、中途半端な特集ではなく、全183頁中、158頁が猫。
(そのうち、藤子・F・不二雄博物館が24頁)
写真も豊富で眺めているだけで満足できる。
内容は、猫漫画、猫島(田代島)、猫カフェ、
荒木経惟とチロ、かご猫、駅長たまなどなど。
東方書店の9月のベスト10(中文書)では、
なんと堂々の第二位。やはり猫好きって多いんだなぁ。
ちなみに『知日』の第6号は、鉄道らしい。
中国人は、鉄道マニアをどうみているのだろうか。
ちょっと気になる。
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