山田智・黒川みどり共編『内藤湖南とアジア認識―日本近代思想史からみる』(勉誠出版、2013年5月)
これまで主に中国史研究者によって行われてきた内藤湖南批判と反批判の限界を指摘し、日本近代思想史の文脈から、内藤湖南を読み解こうとする試み。
目次は以下の通り。
第一部 内藤史学の形成
黒川みどり「文明中心移動説の形成」
田澤晴子「内藤湖南における二つの「近代」と「政治」」
小嶋茂稔「近代日本における「東洋史」の形成と湖南の中国史」
山田智「内藤湖南の朝鮮観と「東洋史」―アジア認識の構造化のため」
第二部 内藤神話への問い
與那覇潤「史学の黙示録―『新支那論』ノート」
小嶋茂稔「戦前期東洋史学における湖南学説の受容をめぐって」
姜海守「朝鮮をぬきにして「支那(学)」は語れるか―内藤湖南の「日本文化史」叙述にみられる朝鮮認識をめぐって」
松本三之介「国家と社会をめぐる思想史的素描」
読みごたえある論稿が並んでいる。
増淵龍夫・フォーゲル・子安宣邦に続く内藤湖南研究の必読書。
従来から悪評高い「文明中心移動説」以外にも、
内藤湖南の時代区分論(宋代以降近世説)についても鋭いメスを入れている。
また、全集未収録文章をもとに、これまで等閑視されてきた
内藤湖南の朝鮮観についても論じている。
なかでも最もおもしろかったのが、
「戦前期東洋史学における湖南学説の受容をめぐって」。
内藤湖南の学説の受容状況を分析し、
戦前期東洋史学界における内藤湖南の位置を浮き彫りにする試み。
戦前の東洋史研究者(特に東京の若手研究者)に
内藤湖南の学説がさして影響を与えておらず、
戦後の講義録の出版と、戦後中国史学の諸論争の中で、
権威性を持つにいたったとする。ぜひ続編を書いてほしい。
2013年6月1日土曜日
歴史学のアクチュアリティ
歴史学研究会編『歴史学のアクチュアリティ』(東京大学出版会、2013年5月)
昨年12月15日に開催された歴史学研究会創立80周年シンポジウムの書籍化。「アクチュアリティ」は、辞書的には「現実(性)・実在、事実・写実性」といった意味だが、帯に「現代の課題にいかに応えるか」とあるように、本書中では「現在的問題へのコミットメントの問題」といった感じでとらえられている。
目次は以下の通り。
第Ⅰ部:歴史学のアクチュアリティ―創立八〇年シンポジウムから
岸本美緒「中国史研究におけるアクチュアリティとリアリティ」
長谷川貴彦「現代歴史学の挑戦―イギリスの経験」
安田常雄「方法としての同時代史」
村井章介「<境界>を考える」
栗田禎子「現代史とは何か」
浅田進史「歴史学のアクチュアリティと向き合う」
藤野裕子「歴史学をめぐる承認―隔離―忘却―ジェンダー史を事例として」
松沢裕作「歴史学のアクチュアリティに関する一つの暫定的立場」
第Ⅱ部:討議 歴史学のアクチュアリティ
討議1「社会史研究と現代歴史学」
討議2「社会主義圏の崩壊・ポスト冷戦と現代歴史学」
討議3「新自由主義時代と歴史学の将来」
シンポジウムには行けなかったけど、本になったら購入しようとおもっていた企画。期待にたがわず面白かった。若手研究者問題(浅田論文)・ジェンダー史(藤野論文)も取り上げられている。
まえがきと松沢論文で指摘されているように、「アクチュアリティ」のとらえ方をめぐって、岸本論文と栗田論文では大きく異なっている。どの立場をとるかは、人それぞれだろうが、僕自身は岸本論文・松沢論文に共感した。
歴史学のアクチュアリティを考えるためには、60年代の学生運動、安保闘争、1950年代の国民的歴史学運動、戦前の平泉澄、「満蒙史研究」などなど、様々な立場で「現在的問題」に正面から取り組んでき過去の歴史学・歴史家との比較が欠かせないように思えた。
昨年12月15日に開催された歴史学研究会創立80周年シンポジウムの書籍化。「アクチュアリティ」は、辞書的には「現実(性)・実在、事実・写実性」といった意味だが、帯に「現代の課題にいかに応えるか」とあるように、本書中では「現在的問題へのコミットメントの問題」といった感じでとらえられている。
目次は以下の通り。
第Ⅰ部:歴史学のアクチュアリティ―創立八〇年シンポジウムから
岸本美緒「中国史研究におけるアクチュアリティとリアリティ」
長谷川貴彦「現代歴史学の挑戦―イギリスの経験」
安田常雄「方法としての同時代史」
村井章介「<境界>を考える」
栗田禎子「現代史とは何か」
浅田進史「歴史学のアクチュアリティと向き合う」
藤野裕子「歴史学をめぐる承認―隔離―忘却―ジェンダー史を事例として」
松沢裕作「歴史学のアクチュアリティに関する一つの暫定的立場」
第Ⅱ部:討議 歴史学のアクチュアリティ
討議1「社会史研究と現代歴史学」
討議2「社会主義圏の崩壊・ポスト冷戦と現代歴史学」
討議3「新自由主義時代と歴史学の将来」
シンポジウムには行けなかったけど、本になったら購入しようとおもっていた企画。期待にたがわず面白かった。若手研究者問題(浅田論文)・ジェンダー史(藤野論文)も取り上げられている。
まえがきと松沢論文で指摘されているように、「アクチュアリティ」のとらえ方をめぐって、岸本論文と栗田論文では大きく異なっている。どの立場をとるかは、人それぞれだろうが、僕自身は岸本論文・松沢論文に共感した。
歴史学のアクチュアリティを考えるためには、60年代の学生運動、安保闘争、1950年代の国民的歴史学運動、戦前の平泉澄、「満蒙史研究」などなど、様々な立場で「現在的問題」に正面から取り組んでき過去の歴史学・歴史家との比較が欠かせないように思えた。
2013年3月12日火曜日
史滴34
『史滴』34(早稲田大学東洋史懇話会、2012年12月)
特集が組まれているわけではないけれど、
かなり面白い一冊となっている。
論説は以下の通り。
小倉聖「『淮南子』天文訓「二十歳刑徳」の「刑」・「徳」運行について」
川手翔生「嶺南士氏交易考」
王博「献俘礼から見た唐・宋軍礼の変容」
高井康典行「唐後半期から遼北宋初期の幽州の「文士」」
尤東進「北宋禁軍における「異族兵」について」
高橋誠「永楽仁孝皇后夢感功徳経の研究」
孫暁瑩「清代内務府商人に対する監督と処分について―損失補償と任免を中心にして」
川手論文は、嶺南における士燮の勢力形成を扱った前稿に続く論稿。史書にみえる物産に着目し、南海交易よりも西南シルクロードとの交易が重要だったのではないかとする。
高井論文は、意外に研究の少なかった唐代後半の幽州藩鎮を取り上げ、どのような人々が上級幕職官に就任したかを追跡し、五代・北宋初期・遼との関係を考察している。
尤論文は、数こそ少ないものの北宋禁軍中に「異族兵」が存在することを指摘。
そのほか翻訳・訳注は以下の通り
王明珂著、柿沼陽平訳「中国漢代の羌―生態学的辺境と民族的境界(五)」
ソグド人墓誌研究ゼミナール「ソグド人漢文墓誌訳注(9)西安出土「安伽墓誌」(北周・大象元年)」
古代東アジア史ゼミナール「祢軍墓誌訳注」
「中国漢代の羌」は、ブックレットみたいな形で是非まとめてほしい。
特集が組まれているわけではないけれど、
かなり面白い一冊となっている。
論説は以下の通り。
小倉聖「『淮南子』天文訓「二十歳刑徳」の「刑」・「徳」運行について」
川手翔生「嶺南士氏交易考」
王博「献俘礼から見た唐・宋軍礼の変容」
高井康典行「唐後半期から遼北宋初期の幽州の「文士」」
尤東進「北宋禁軍における「異族兵」について」
高橋誠「永楽仁孝皇后夢感功徳経の研究」
孫暁瑩「清代内務府商人に対する監督と処分について―損失補償と任免を中心にして」
川手論文は、嶺南における士燮の勢力形成を扱った前稿に続く論稿。史書にみえる物産に着目し、南海交易よりも西南シルクロードとの交易が重要だったのではないかとする。
高井論文は、意外に研究の少なかった唐代後半の幽州藩鎮を取り上げ、どのような人々が上級幕職官に就任したかを追跡し、五代・北宋初期・遼との関係を考察している。
尤論文は、数こそ少ないものの北宋禁軍中に「異族兵」が存在することを指摘。
そのほか翻訳・訳注は以下の通り
王明珂著、柿沼陽平訳「中国漢代の羌―生態学的辺境と民族的境界(五)」
ソグド人墓誌研究ゼミナール「ソグド人漢文墓誌訳注(9)西安出土「安伽墓誌」(北周・大象元年)」
古代東アジア史ゼミナール「祢軍墓誌訳注」
「中国漢代の羌」は、ブックレットみたいな形で是非まとめてほしい。
2013年2月4日月曜日
東方学125
『東方学』125(東方学会、2013年1月)
目次は以下の通り。
[論文]
藤井省三「魯迅恋愛小説における空白の意匠 ―「愛と死(原題:傷逝)」と森鷗外「舞姫」との比較研究―」
島田悠「西晋における礼・法と政局の関係」
武井紀子「古代日本における贓贖物の特徴」
彭浩「18世紀日清貿易における中国商人の組織化 ―額商の成立と貿易独占を中心に―」
田中智行「 『金瓶梅』張竹坡批評の態度―金聖歎の継承と展開―」
喬玉鈺「清代女性詩人の非業の死に見る才女の内面世界と社会背景 ―上海の李媞を中心に―」
川島優子「江戸時代における「資料」としての『金瓶梅』 ―高階正巽の読みを通して―」
[翻訳]
牛来穎著、江川式部訳「唐宋の贓贖銭物と国家地方財政―『天聖令』を中心に―」
[内外東方学界消息]
東野治之「日本国号の研究動向と課題」
丸山裕美子「2011年北京、三つの研究会レポート―天聖令・古文書・大唐西市墓誌―」
小川英世「第15回国際サンスクリット学会報告」
妹尾達彦「ケンブリッジ中国学の昨今」
平成24年度第31回東方学会賞発表
平成24年度秋季学術大会講演・研究発表要旨
[座談会]
「先学を語る―島田虔司先生―」 〔出席〕小野和子、狭間直樹 (司会)、三浦國雄、森紀子、吉川忠夫
[追悼文]
藪司郎「恩師西田龍雄先生を偲ぶ―先生のチベット=ビルマ語研究―」
庄垣内正弘「哀惜 西田龍雄先生」
盛りだくさんの内容。珍しく『金瓶梅』関係の論文が二つもある。
武井論文は、牛論文のもとになった報告に基づいていて、相互に参照することができる。
東野論文は、日本国号について、一時期話題になった「禰軍墓誌」に言及。墓誌の読解に関しては、いくつか疑問もあるが、墓誌中の「日本」が「日本国号」ではない、という結論は定着しそうな印象。
目次は以下の通り。
[論文]
藤井省三「魯迅恋愛小説における空白の意匠 ―「愛と死(原題:傷逝)」と森鷗外「舞姫」との比較研究―」
島田悠「西晋における礼・法と政局の関係」
武井紀子「古代日本における贓贖物の特徴」
彭浩「18世紀日清貿易における中国商人の組織化 ―額商の成立と貿易独占を中心に―」
田中智行「 『金瓶梅』張竹坡批評の態度―金聖歎の継承と展開―」
喬玉鈺「清代女性詩人の非業の死に見る才女の内面世界と社会背景 ―上海の李媞を中心に―」
川島優子「江戸時代における「資料」としての『金瓶梅』 ―高階正巽の読みを通して―」
[翻訳]
牛来穎著、江川式部訳「唐宋の贓贖銭物と国家地方財政―『天聖令』を中心に―」
[内外東方学界消息]
東野治之「日本国号の研究動向と課題」
丸山裕美子「2011年北京、三つの研究会レポート―天聖令・古文書・大唐西市墓誌―」
小川英世「第15回国際サンスクリット学会報告」
妹尾達彦「ケンブリッジ中国学の昨今」
平成24年度第31回東方学会賞発表
平成24年度秋季学術大会講演・研究発表要旨
[座談会]
「先学を語る―島田虔司先生―」 〔出席〕小野和子、狭間直樹 (司会)、三浦國雄、森紀子、吉川忠夫
[追悼文]
藪司郎「恩師西田龍雄先生を偲ぶ―先生のチベット=ビルマ語研究―」
庄垣内正弘「哀惜 西田龍雄先生」
盛りだくさんの内容。珍しく『金瓶梅』関係の論文が二つもある。
武井論文は、牛論文のもとになった報告に基づいていて、相互に参照することができる。
東野論文は、日本国号について、一時期話題になった「禰軍墓誌」に言及。墓誌の読解に関しては、いくつか疑問もあるが、墓誌中の「日本」が「日本国号」ではない、という結論は定着しそうな印象。
2013年1月18日金曜日
表紙裏の書誌学
渡辺守邦『表紙裏の書誌学』(笠間書院、2012年12月)
この題名を見たとき、すぐに連想したのが、戦後になって再発見された北村透谷の「楚囚の詩」(明治時代の書物の材料として使われていた)。確か紀田順一郎の小説で、その話を知った気がする。
本書は、近世初期の板本(1640~50年代頃まで)の表紙の補強材として使われた反故紙に、古活字本などが使用されていることに着目し、ワークショップや調査を通じて、表紙裏反故紙の活用を提唱している。
次々に貴重な反故紙が登場し、宝探しのような気分になる。綿密な調査で反故紙の書誌情報を特定していて、参考図版も鮮明。ただし、近世初期の板本自体が、すでに貴重書であることから、文物破壊との指摘があることも忘れてはいない。原状復帰を原則としているが、第三章で論じているように、原状復帰とも反故紙の別置とも異なる新しい保存法も模索している。
目次は以下の通り。
第一章 表紙裏反古の諸問題 *材料は『闕疑抄』
第二章 ワークショップ報告「表紙裏から反古が出た」
*材料は『黒谷上人語燈録』・観世流の卯月本・『全九集』・『清水物語』
第三章 表紙裏反古の保存法について―国立公文書館蔵の嵯峨本『史記』を中心に
第四章 表紙裏反古の諸問題・続考 東京大学附属図書館蔵『鴉鷺物語』の場合
追録 小山正文「寛永二十年版『黒谷上人語燈録』の表紙裏より抽出された宗存版」
古活字本の漢籍・和書・仏教書が次々に出てきて飽きない。第一章で取り上げられた表紙屋の大福帳は、当時、出回っていた書籍の一端を示してくれて面白い。
読んでてついつい笑ってしまったのが、第二章の『全九集』。幸運にも本を解体することなく、反故紙の由来を明らかにでき、多大な成果が得られたにもかかわらず、実際の解体作業をせずに、解決してしまったので、会場の雰囲気がいま一つ盛り上がらなかったこと。
そして、その場の雰囲気を予想して準備した『清水物語』を、初参加の二人の女性に解体してもらったところ、「作業テーブルを囲んで輪ができ、周囲からアドバイスが飛び交ってその場の陽気なこと」。このワークショップの参加者は、研究者が多かったようなのだが、やはり宝探し的なわくわく感が、どこかにあったに違いない。
この題名を見たとき、すぐに連想したのが、戦後になって再発見された北村透谷の「楚囚の詩」(明治時代の書物の材料として使われていた)。確か紀田順一郎の小説で、その話を知った気がする。
本書は、近世初期の板本(1640~50年代頃まで)の表紙の補強材として使われた反故紙に、古活字本などが使用されていることに着目し、ワークショップや調査を通じて、表紙裏反故紙の活用を提唱している。
次々に貴重な反故紙が登場し、宝探しのような気分になる。綿密な調査で反故紙の書誌情報を特定していて、参考図版も鮮明。ただし、近世初期の板本自体が、すでに貴重書であることから、文物破壊との指摘があることも忘れてはいない。原状復帰を原則としているが、第三章で論じているように、原状復帰とも反故紙の別置とも異なる新しい保存法も模索している。
目次は以下の通り。
第一章 表紙裏反古の諸問題 *材料は『闕疑抄』
第二章 ワークショップ報告「表紙裏から反古が出た」
*材料は『黒谷上人語燈録』・観世流の卯月本・『全九集』・『清水物語』
第三章 表紙裏反古の保存法について―国立公文書館蔵の嵯峨本『史記』を中心に
第四章 表紙裏反古の諸問題・続考 東京大学附属図書館蔵『鴉鷺物語』の場合
追録 小山正文「寛永二十年版『黒谷上人語燈録』の表紙裏より抽出された宗存版」
古活字本の漢籍・和書・仏教書が次々に出てきて飽きない。第一章で取り上げられた表紙屋の大福帳は、当時、出回っていた書籍の一端を示してくれて面白い。
読んでてついつい笑ってしまったのが、第二章の『全九集』。幸運にも本を解体することなく、反故紙の由来を明らかにでき、多大な成果が得られたにもかかわらず、実際の解体作業をせずに、解決してしまったので、会場の雰囲気がいま一つ盛り上がらなかったこと。
そして、その場の雰囲気を予想して準備した『清水物語』を、初参加の二人の女性に解体してもらったところ、「作業テーブルを囲んで輪ができ、周囲からアドバイスが飛び交ってその場の陽気なこと」。このワークショップの参加者は、研究者が多かったようなのだが、やはり宝探し的なわくわく感が、どこかにあったに違いない。
2013年1月11日金曜日
契丹[遼]と10~12世紀の東ユーラシア
荒川慎太郎・澤本光弘・高井康典行・渡辺健哉編『契丹[遼]と10~12世紀の東ユーラシア』(勉誠出版、2013年1月)
勉誠出版のアジア遊学160。契丹研究の最前線が凝縮されていて魅力満載。契丹の多様な国際関係にはじまり、契丹の出版文化・仏教・官制・都城、契丹文字、考古成果、契丹滅亡後の契丹人とその記憶、などなどテーマは幅広く、さまざまな角度から契丹を知ることができる。
荒川論文が紹介しているロシアで見つかった契丹大字写本は、15000字前後と目されており、内容も仏典や漢語古典ではなく、契丹の史的事実に言及している可能性があるらしい。解読が進めば、契丹文字・契丹語・契丹史の研究が飛躍的に進むことは間違いない。さらにカラキタイ領域の遺跡から出土した可能性が高いことから、これまで空白だったカラキタイ(西遼)の研究が進展するかもしれない。
目次は以下の通り。
一:契丹[遼]とその国際関係
古松崇志「十~十二世紀における契丹の興亡とユーラシア東方の国際情勢」
高井康典行「世界史の中で契丹[遼]史をいかに位置づけるか―いくつかの可能性」
山崎覚士「五代十国史と契丹」
毛利英介「澶淵の盟について―盟約から見る契丹と北宋の関係」
松井太「契丹とウイグルの関係」
【コラム】赤羽目匡由「契丹と渤海との関係」
二:契丹[遼]の社会・文化
磯部彰「遼帝国の出版文化と東アジア」
藤原崇人「草海の仏教王国―石刻・仏塔文物に見る契丹の仏教」
澤本光弘「『神宗皇帝即位使遼語録』の概要と成立過程」
武田和哉「契丹国(遼朝)の北面官制とその歴史的変質」
高橋学而「遼中京大定府の成立―管轄下の州県城から」
【コラム】弓場紀知「日本に伝わる契丹の陶磁器―契丹陶磁器の研究史的観点を中心にして」
【コラム】阿南ヴァージニア史代・渡辺健哉「遼南京の仏教文化雑記」
三:契丹研究の新展開―近年の新出資料から
武内康則「最新の研究からわかる契丹文字の姿」
呉英喆「中国新出の契丹文字資料」
荒川慎太郎「ロシア所蔵契丹大字写本冊子について」
【コラム】松川節「契丹文字の新資料」
白石典之「ゴビ砂漠における契丹系文化の遺跡」
臼杵勲「チントルゴイ城址と周辺遺跡」
董新林「遼祖陵陵園遺跡の考古学的新発見と研究」
【展覧会記録】市元塁「契丹の遺宝は何を伝えるか―草原の王朝契丹展の現場から」
四:その後の契丹[遼]
飯山知保「遼の〝漢人〟遺民のその後」
松浦智子「明代小説にみえる契丹―楊家将演義から」
水盛涼一「清人のみた契丹」
【博物館紹介】石尾和仁「徳島県立鳥居龍蔵記念博物館」
【コラム】河内春人「フランス・シノロジーと契丹」
勉誠出版のアジア遊学160。契丹研究の最前線が凝縮されていて魅力満載。契丹の多様な国際関係にはじまり、契丹の出版文化・仏教・官制・都城、契丹文字、考古成果、契丹滅亡後の契丹人とその記憶、などなどテーマは幅広く、さまざまな角度から契丹を知ることができる。
荒川論文が紹介しているロシアで見つかった契丹大字写本は、15000字前後と目されており、内容も仏典や漢語古典ではなく、契丹の史的事実に言及している可能性があるらしい。解読が進めば、契丹文字・契丹語・契丹史の研究が飛躍的に進むことは間違いない。さらにカラキタイ領域の遺跡から出土した可能性が高いことから、これまで空白だったカラキタイ(西遼)の研究が進展するかもしれない。
目次は以下の通り。
一:契丹[遼]とその国際関係
古松崇志「十~十二世紀における契丹の興亡とユーラシア東方の国際情勢」
高井康典行「世界史の中で契丹[遼]史をいかに位置づけるか―いくつかの可能性」
山崎覚士「五代十国史と契丹」
毛利英介「澶淵の盟について―盟約から見る契丹と北宋の関係」
松井太「契丹とウイグルの関係」
【コラム】赤羽目匡由「契丹と渤海との関係」
二:契丹[遼]の社会・文化
磯部彰「遼帝国の出版文化と東アジア」
藤原崇人「草海の仏教王国―石刻・仏塔文物に見る契丹の仏教」
澤本光弘「『神宗皇帝即位使遼語録』の概要と成立過程」
武田和哉「契丹国(遼朝)の北面官制とその歴史的変質」
高橋学而「遼中京大定府の成立―管轄下の州県城から」
【コラム】弓場紀知「日本に伝わる契丹の陶磁器―契丹陶磁器の研究史的観点を中心にして」
【コラム】阿南ヴァージニア史代・渡辺健哉「遼南京の仏教文化雑記」
三:契丹研究の新展開―近年の新出資料から
武内康則「最新の研究からわかる契丹文字の姿」
呉英喆「中国新出の契丹文字資料」
荒川慎太郎「ロシア所蔵契丹大字写本冊子について」
【コラム】松川節「契丹文字の新資料」
白石典之「ゴビ砂漠における契丹系文化の遺跡」
臼杵勲「チントルゴイ城址と周辺遺跡」
董新林「遼祖陵陵園遺跡の考古学的新発見と研究」
【展覧会記録】市元塁「契丹の遺宝は何を伝えるか―草原の王朝契丹展の現場から」
四:その後の契丹[遼]
飯山知保「遼の〝漢人〟遺民のその後」
松浦智子「明代小説にみえる契丹―楊家将演義から」
水盛涼一「清人のみた契丹」
【博物館紹介】石尾和仁「徳島県立鳥居龍蔵記念博物館」
【コラム】河内春人「フランス・シノロジーと契丹」
2012年12月23日日曜日
2012年10月3日水曜日
嶺南士氏の勢力形成をめぐって
川手翔生「嶺南士氏の勢力形成をめぐって」(『史観』167、2012年9月)
後漢末に嶺南に勢力をはった士燮について検討。
士燮の官歴・歴代の交趾刺史との関係を踏まえ、
彼が嶺南で勢力を拡張した要因を探る。
まず、なにより士燮で論文が出たことにびっくり。
日本では後藤均平氏(「士燮」『史苑』32‐1、1972年)以来とのこと。
在地豪族としての影響力が希薄だったとする点に
先行研究との大きな違いがある。
後漢末に嶺南に勢力をはった士燮について検討。
士燮の官歴・歴代の交趾刺史との関係を踏まえ、
彼が嶺南で勢力を拡張した要因を探る。
まず、なにより士燮で論文が出たことにびっくり。
日本では後藤均平氏(「士燮」『史苑』32‐1、1972年)以来とのこと。
在地豪族としての影響力が希薄だったとする点に
先行研究との大きな違いがある。
2012年9月1日土曜日
新発見の歐陽脩書簡について
東英寿「新発見の歐陽脩書簡について」(『九州大学中国学会報』50、2012年5月)
東英寿「歐陽脩の書簡九十六篇発見記(上)―九十六篇はなぜ忘却されてしまったのか」(『東方』376、2012年6月)
東英寿「歐陽脩の書簡九十六篇発見記(中)―いかにして発見は生まれたのか」(『東方』377、2012年7月)
東英寿「歐陽脩の書簡九十六篇発見記(下)―日本、中国における反響」(『東方』378、2012年8月)
冒頭の論文は、東英寿氏が発見した欧陽脩の書簡96篇の送り先と収蔵元について表にまとめて紹介したのち、特に4篇にしぼって内容を簡単に紹介したもの。蘇洵の文章に対する評価や、范仲淹の神道碑をめぐるやりとりなどが記されている。
『東方』の三本の文章は、発見の経緯と反響についてまとめたもの。日本では、こういう発見がまだまだあるはず。地味な書誌学調査の重要性がよくわかる。それにしてもマスコミの影響力の大きさにびっくり。
『日本中国学会報』64(2012年10月予定)に「歐陽脩の書簡九十六篇の発見について」という論文が掲載され、今年度中に『歐陽脩の新発見書簡九十六篇―歐陽脩全集の研究』(研文出版)を刊行するそうだ。
東英寿「歐陽脩の書簡九十六篇発見記(上)―九十六篇はなぜ忘却されてしまったのか」(『東方』376、2012年6月)
東英寿「歐陽脩の書簡九十六篇発見記(中)―いかにして発見は生まれたのか」(『東方』377、2012年7月)
東英寿「歐陽脩の書簡九十六篇発見記(下)―日本、中国における反響」(『東方』378、2012年8月)
冒頭の論文は、東英寿氏が発見した欧陽脩の書簡96篇の送り先と収蔵元について表にまとめて紹介したのち、特に4篇にしぼって内容を簡単に紹介したもの。蘇洵の文章に対する評価や、范仲淹の神道碑をめぐるやりとりなどが記されている。
『東方』の三本の文章は、発見の経緯と反響についてまとめたもの。日本では、こういう発見がまだまだあるはず。地味な書誌学調査の重要性がよくわかる。それにしてもマスコミの影響力の大きさにびっくり。
『日本中国学会報』64(2012年10月予定)に「歐陽脩の書簡九十六篇の発見について」という論文が掲載され、今年度中に『歐陽脩の新発見書簡九十六篇―歐陽脩全集の研究』(研文出版)を刊行するそうだ。
2012年8月19日日曜日
東洋学報
東洋文庫の『東洋学報』が第93巻第1号(2011年6月刊)から、
PDFでダウンロードできることを遅ればせながら知りました。
しかも、最新号がダウンロードできるなんて太っ腹。
ちなみに『東洋学報』94-1(2012年6月)の目次は以下の通り。
菊地大「曹操と殊礼」
岡部毅史「北魏前期の位階秩序について―爵と品の分析を中心に―」
小武海櫻子「同善社の慈善事業―合川会善堂慈善会の軌跡を中心に―」
関智英「袁殊と興亜建国運動―汪精衛政権成立前後の対日和平陣営の動き―」
菊地論文は曹操に与えられた殊礼の前例と意義を検討している。なかでも魏公・魏王時代の曹操に与えられた殊礼(後漢の東海王彊・前漢の梁王武に基づく)によって、皇位継承資格者になぞらえられたことを指摘し、漢魏禅譲の機運が形成されたとする。
PDFでダウンロードできることを遅ればせながら知りました。
しかも、最新号がダウンロードできるなんて太っ腹。
ちなみに『東洋学報』94-1(2012年6月)の目次は以下の通り。
菊地大「曹操と殊礼」
岡部毅史「北魏前期の位階秩序について―爵と品の分析を中心に―」
小武海櫻子「同善社の慈善事業―合川会善堂慈善会の軌跡を中心に―」
関智英「袁殊と興亜建国運動―汪精衛政権成立前後の対日和平陣営の動き―」
菊地論文は曹操に与えられた殊礼の前例と意義を検討している。なかでも魏公・魏王時代の曹操に与えられた殊礼(後漢の東海王彊・前漢の梁王武に基づく)によって、皇位継承資格者になぞらえられたことを指摘し、漢魏禅譲の機運が形成されたとする。
2012年6月18日月曜日
震災・核災害の時代と歴史学
歴史学研究会編『震災・核災害の時代と歴史学』(青木書店、2012年5月)
『歴史学研究』2011年10月号の「緊急特集 東日本大震災・原発事故と歴史学」をもとに、書き下ろし原稿を加えた論文集。その後の研究の進展や事態の展開を反映して改稿されているので購入。
目次は以下の通り。*は新稿。
Ⅰ 東日本大震災と歴史学-災害と環境
平川新「東日本大震災と歴史の見方」
保立道久「地震・原発と歴史環境学―九世紀史研究の立場から」
矢田俊文「東日本大震災と前近代史研究」
北原糸子「災害にみる救援の歴史―災害社会史の可能性」
小松裕「足尾銅山鉱毒事件の歴史的意義―足尾・水俣・福島をつないで考える」*
Ⅱ 原発と歴史学-「原子力」開発の近現代史
平田光司「マンハッタン計画の現在」
有馬哲夫「日本最初の原子力発電所の導入過程―イギリスエネルギー省文書「日本への原子力発電所の輸出」を中心に」*
加藤哲郎「占領下日本の「原子力」イメージ―原爆と原発にあこがれた両義的心性」*
中嶋久人「原発と地域社会―福島第一原発事故の歴史的前提」
石山徳子「原子力発電と差別の再生産―ミネソタ州プレイリー・アイランド原子力発電所と先住民」
Ⅲ 地域社会とメディア-震災「復興」における歴史学の役割
奥村弘「東日本大震災と歴史学―歴史研究者として何ができるのか」
岡田知弘「東日本大震災からの復興をめぐる二つの道―「惨事便乗型復興」か、「人間の復興か」」*
三宅明正「記録を創り、残すということ」
安村直己「言論の自由がメルトダウンするとき―原発事故をめぐる言説の政治経済学」
藤野裕子「関東大震災の朝鮮人虐殺と向きあう―災害時の公権力と共同性をめぐって」*
Ⅳ 史資料ネットワークによる取り組み
佐藤大介「被災地の歴史資料を守る―東日本大震災・宮城資料ネットの活動」
阿部浩一「福島県における歴史資料保存活動の現況と課題」
白井哲哉「茨城文化財・歴史資料救済・保全ネットワーク準備会(茨城史料ネット)の資料救出活動」
白水智「長野県栄村における文化財保全活動と保全の理念」*
Ⅴ 資料編
石井正敏「貞観十一年の震災と外寇」*
棚井仁「自治体史のなかの原発」*
Ⅵ 災害と歴史学 ブックガイド
災害・原発・復興・資料保存・資料編・ブックガイドと充実のラインナップ。不足している点としては、避難・移住の問題だろうか。原発事故による大規模避難・移住の先例としては、チェルノブイリ原発事故ぐらいなので、歴史学としては取り上げにくいのかもしれないけど、火山災害などで避難・移住をよぎなくされ、しかも帰還困難になった事例はけっこうあるはず。災害のみならず、侵略による避難・移住も視野にいれれば範囲はより広がるのでないだろうか。中国史でいえば、4~6世紀の東晋南朝における僑州郡県や、12~13世紀の南宋の事例が該当する。福島県いわき市に大熊町(仮の町)を置く構想もあるし、避難先・移住先における集団維持または解体を歴史学として取り上げることも可能なように思える。
『歴史学研究』2011年10月号の「緊急特集 東日本大震災・原発事故と歴史学」をもとに、書き下ろし原稿を加えた論文集。その後の研究の進展や事態の展開を反映して改稿されているので購入。
目次は以下の通り。*は新稿。
Ⅰ 東日本大震災と歴史学-災害と環境
平川新「東日本大震災と歴史の見方」
保立道久「地震・原発と歴史環境学―九世紀史研究の立場から」
矢田俊文「東日本大震災と前近代史研究」
北原糸子「災害にみる救援の歴史―災害社会史の可能性」
小松裕「足尾銅山鉱毒事件の歴史的意義―足尾・水俣・福島をつないで考える」*
Ⅱ 原発と歴史学-「原子力」開発の近現代史
平田光司「マンハッタン計画の現在」
有馬哲夫「日本最初の原子力発電所の導入過程―イギリスエネルギー省文書「日本への原子力発電所の輸出」を中心に」*
加藤哲郎「占領下日本の「原子力」イメージ―原爆と原発にあこがれた両義的心性」*
中嶋久人「原発と地域社会―福島第一原発事故の歴史的前提」
石山徳子「原子力発電と差別の再生産―ミネソタ州プレイリー・アイランド原子力発電所と先住民」
Ⅲ 地域社会とメディア-震災「復興」における歴史学の役割
奥村弘「東日本大震災と歴史学―歴史研究者として何ができるのか」
岡田知弘「東日本大震災からの復興をめぐる二つの道―「惨事便乗型復興」か、「人間の復興か」」*
三宅明正「記録を創り、残すということ」
安村直己「言論の自由がメルトダウンするとき―原発事故をめぐる言説の政治経済学」
藤野裕子「関東大震災の朝鮮人虐殺と向きあう―災害時の公権力と共同性をめぐって」*
Ⅳ 史資料ネットワークによる取り組み
佐藤大介「被災地の歴史資料を守る―東日本大震災・宮城資料ネットの活動」
阿部浩一「福島県における歴史資料保存活動の現況と課題」
白井哲哉「茨城文化財・歴史資料救済・保全ネットワーク準備会(茨城史料ネット)の資料救出活動」
白水智「長野県栄村における文化財保全活動と保全の理念」*
Ⅴ 資料編
石井正敏「貞観十一年の震災と外寇」*
棚井仁「自治体史のなかの原発」*
Ⅵ 災害と歴史学 ブックガイド
災害・原発・復興・資料保存・資料編・ブックガイドと充実のラインナップ。不足している点としては、避難・移住の問題だろうか。原発事故による大規模避難・移住の先例としては、チェルノブイリ原発事故ぐらいなので、歴史学としては取り上げにくいのかもしれないけど、火山災害などで避難・移住をよぎなくされ、しかも帰還困難になった事例はけっこうあるはず。災害のみならず、侵略による避難・移住も視野にいれれば範囲はより広がるのでないだろうか。中国史でいえば、4~6世紀の東晋南朝における僑州郡県や、12~13世紀の南宋の事例が該当する。福島県いわき市に大熊町(仮の町)を置く構想もあるし、避難先・移住先における集団維持または解体を歴史学として取り上げることも可能なように思える。
艾未未読本
牧陽一編『艾未未読本』(集広舎、2012年5月)
2011年4月3日に北京国際空港で拘束され、
6月22日の保釈後も自宅軟禁状態が続いている
アーティスト艾未未(アイ・ウェイウェイ)のこれまでの軌跡と
彼自身の言葉(インタビュー・文章)をまとめたもの。
目次は以下の通り。
牧陽一「艾未未二〇一一」
宮本真左美「艾未未概説」
牧陽一訳+解説、麻生晴一郎解説「艾未未のことば1《公民調査》」
牧陽一訳+解説、栗山明+堀川理沙解説「艾未未のことば2《芸術》」
宮本真左美訳「艾未未のことば3《建築》」
牧陽一訳+解説、石田留美子+ふるまいよしこ解説「艾未未のことば4《評論》」
艾未未のみならず、友人の栄栄と映里(写真家)や
左小祖咒(ロック歌手)も取り上げている。
艾未未の多様な活動と現在までの状況が
一目瞭然となる最適の読本。
現代中国に関心のある人は必読。
また、中国云々は置いといて、
現代アートに興味ある方も読んで損はない。
Chim↑Pom企画の「ひっくりかえる」展との、
見えないつながりを看取できるはず。
2011年4月3日に北京国際空港で拘束され、
6月22日の保釈後も自宅軟禁状態が続いている
アーティスト艾未未(アイ・ウェイウェイ)のこれまでの軌跡と
彼自身の言葉(インタビュー・文章)をまとめたもの。
目次は以下の通り。
牧陽一「艾未未二〇一一」
宮本真左美「艾未未概説」
牧陽一訳+解説、麻生晴一郎解説「艾未未のことば1《公民調査》」
牧陽一訳+解説、栗山明+堀川理沙解説「艾未未のことば2《芸術》」
宮本真左美訳「艾未未のことば3《建築》」
牧陽一訳+解説、石田留美子+ふるまいよしこ解説「艾未未のことば4《評論》」
艾未未のみならず、友人の栄栄と映里(写真家)や
左小祖咒(ロック歌手)も取り上げている。
艾未未の多様な活動と現在までの状況が
一目瞭然となる最適の読本。
現代中国に関心のある人は必読。
また、中国云々は置いといて、
現代アートに興味ある方も読んで損はない。
Chim↑Pom企画の「ひっくりかえる」展との、
見えないつながりを看取できるはず。
2012年6月6日水曜日
陳寿の処世と『三国志』
田中靖彦「陳寿の処世と『三国志』」(『駒沢史学』76、2011年3月)
遅ればせながら最近読んだので紹介。
「正統」論に対する疑問をもとに、
陳寿撰『三国志』の三国観を検討している。
従来、正史『三国志』は、「曹魏正統論」を説きつつ、
ひそかに蜀漢を称揚しようとする含意が込められている
歴史書と理解されてきた。
確かにそうした傾向は存在しているが、その一方で、
『三国志』は、魏の「漢→魏」、蜀漢の「漢=蜀漢」、
呉の「漢→魏→呉」という主張をすべて記録しており、
三国いずれに対しても一定の合法性を認めている。
また、魏から晋への禅譲のみならず、
蜀漢・呉の投降に関する文書を採録することで、
「蜀→晋」、「呉→晋」という継承関係も示している。
すなわち、『三国志』は、三国すべてが晋に帰着したことを示した歴史書である。
『三国志』のみならず、分裂時代を扱った史書の性質を考える際には、正統性の問題を意識せざるをえないが、本論文によって、正統性にとらわれすぎるのも危険であることを実感した。
遅ればせながら最近読んだので紹介。
「正統」論に対する疑問をもとに、
陳寿撰『三国志』の三国観を検討している。
従来、正史『三国志』は、「曹魏正統論」を説きつつ、
ひそかに蜀漢を称揚しようとする含意が込められている
歴史書と理解されてきた。
確かにそうした傾向は存在しているが、その一方で、
『三国志』は、魏の「漢→魏」、蜀漢の「漢=蜀漢」、
呉の「漢→魏→呉」という主張をすべて記録しており、
三国いずれに対しても一定の合法性を認めている。
また、魏から晋への禅譲のみならず、
蜀漢・呉の投降に関する文書を採録することで、
「蜀→晋」、「呉→晋」という継承関係も示している。
すなわち、『三国志』は、三国すべてが晋に帰着したことを示した歴史書である。
『三国志』のみならず、分裂時代を扱った史書の性質を考える際には、正統性の問題を意識せざるをえないが、本論文によって、正統性にとらわれすぎるのも危険であることを実感した。
2012年5月22日火曜日
風俗と時代観
岸本美緒『風俗と時代観―明清史論集1』(研文出版、2012年5月)
岸本氏の「肩の凝らない文章」を集めた論集。あとがきで「昼寝の友として気楽に読んでいただきたい」とあるが、むしろ、がっつり目を見開いて読んでしまった。講座モノや特集号の依頼で書いたものが多く、読みやすい文章で、かつ大変多くの示教を受けた。全編に補注がついていて、ところどころで「居直り」・「泥臭くても実感に即した議論」と述べているが、膨大な理論・実証の蓄積あっての言葉だから重みがある。
目次は以下の通り。
Ⅰ歴史変動と時代区分
時代区分論
時代区分論の現在
風俗と時代観
現代歴史学と「伝統社会」形成論
一八世紀の中国と世界
Ⅱ身分と風俗
明清時代の身分感覚
名刺の効用―明清時代における士大夫の交際
「老爺」と「相公」―呼称からみた地方社会の階層感覚
Ⅲ歴史の風
歴史の中の「風」
China-centered approach?
アジアからの諸視覚―「交錯」と「対話」
岸本氏の「肩の凝らない文章」を集めた論集。あとがきで「昼寝の友として気楽に読んでいただきたい」とあるが、むしろ、がっつり目を見開いて読んでしまった。講座モノや特集号の依頼で書いたものが多く、読みやすい文章で、かつ大変多くの示教を受けた。全編に補注がついていて、ところどころで「居直り」・「泥臭くても実感に即した議論」と述べているが、膨大な理論・実証の蓄積あっての言葉だから重みがある。
目次は以下の通り。
Ⅰ歴史変動と時代区分
時代区分論
時代区分論の現在
風俗と時代観
現代歴史学と「伝統社会」形成論
一八世紀の中国と世界
Ⅱ身分と風俗
明清時代の身分感覚
名刺の効用―明清時代における士大夫の交際
「老爺」と「相公」―呼称からみた地方社会の階層感覚
Ⅲ歴史の風
歴史の中の「風」
China-centered approach?
アジアからの諸視覚―「交錯」と「対話」
2012年4月13日金曜日
東アジアの王権と宗教
小島毅編『アジア遊学151 東アジアの王権と宗教』(勉誠出版、2012年3月)
2009年度から2011年度まで行われた東京大学大学院人文社会系の演習プロジェクト「東アジアの王権と宗教」の成果の一部をまとめたもの。多分野交流をかかげていることもあり、執筆者は多彩。なかには王権とも宗教とも関係ない論文もあるけれど、全体的に概説に近く、読みやすかった。
目次は以下の通り。
近藤成一「中世日本の「王権」」
蓑輪顕量「日本における王法と仏法」
佐川英治「漢代の郊祀と都城の空間」
小島毅「儒教経学と王権」
六反田豊「朝鮮時代の君臣関係と王権」
本橋裕美「古代日本における祭祀と王権―斎宮制度の展開と王権」
趙秀全「古代天皇における孝徳―歴史書と物語文学を通じて」
河添房江「嵯峨朝・仁明朝の王権と東アジア」
横手裕「道教と唐宋王朝」
深沢克己「近世フランスの王権と宗教―比較の視点から」
加藤徹「近世日本における中国伝来音楽の諸相―明清楽を中心に」
小野泰教「清末士大夫の見た西洋議会制―いかにして理想の君民関係を築くか」
商兆琦「「生き返らせる」田中正造研究批判」
新野和暢「宗教団体法にみる国家と「宗教」」
板倉聖哲「「桃鳩」イメージの変容―王権の表象から平和の象徴へ」
個人的には最後の板倉論文が大変面白かった。
グラフィックデザイナーの田中一光の「ヒロシマ・アピールズ」(1988年作)というポスターで、描かれた白いハトの典拠が、徽宗の「桃鳩図」であることを指摘し、日本における桃鳩図の意義、ハトが示す意味を確認し、「ヒロシマ・アピールズ」に至る過程に迫っている。そして最後には、Chim↑Pomに言及して稿を終えている。まさか、アジア遊学を読んでて、Chim↑Pomに出くわすとは思わなかった。
2009年度から2011年度まで行われた東京大学大学院人文社会系の演習プロジェクト「東アジアの王権と宗教」の成果の一部をまとめたもの。多分野交流をかかげていることもあり、執筆者は多彩。なかには王権とも宗教とも関係ない論文もあるけれど、全体的に概説に近く、読みやすかった。
目次は以下の通り。
近藤成一「中世日本の「王権」」
蓑輪顕量「日本における王法と仏法」
佐川英治「漢代の郊祀と都城の空間」
小島毅「儒教経学と王権」
六反田豊「朝鮮時代の君臣関係と王権」
本橋裕美「古代日本における祭祀と王権―斎宮制度の展開と王権」
趙秀全「古代天皇における孝徳―歴史書と物語文学を通じて」
河添房江「嵯峨朝・仁明朝の王権と東アジア」
横手裕「道教と唐宋王朝」
深沢克己「近世フランスの王権と宗教―比較の視点から」
加藤徹「近世日本における中国伝来音楽の諸相―明清楽を中心に」
小野泰教「清末士大夫の見た西洋議会制―いかにして理想の君民関係を築くか」
商兆琦「「生き返らせる」田中正造研究批判」
新野和暢「宗教団体法にみる国家と「宗教」」
板倉聖哲「「桃鳩」イメージの変容―王権の表象から平和の象徴へ」
個人的には最後の板倉論文が大変面白かった。
グラフィックデザイナーの田中一光の「ヒロシマ・アピールズ」(1988年作)というポスターで、描かれた白いハトの典拠が、徽宗の「桃鳩図」であることを指摘し、日本における桃鳩図の意義、ハトが示す意味を確認し、「ヒロシマ・アピールズ」に至る過程に迫っている。そして最後には、Chim↑Pomに言及して稿を終えている。まさか、アジア遊学を読んでて、Chim↑Pomに出くわすとは思わなかった。
2012年2月29日水曜日
曹魏洛陽の宮城をめぐる近年の議論
向井佑介「曹魏洛陽の宮城をめぐる近年の議論」(『史林』95-1、2012年1月)
曹魏洛陽宮城の構造を扱った主要研究を整理し、
文献史料と考古学の調査成果をもとに、
それぞれの復元案の妥当性と問題点を検証したもの。
近年、曹魏洛陽城については、
①曹魏の南北宮≒後漢の南北宮
②曹魏の南北宮≒後漢の北宮
の二説あるが、向井氏は②説が妥当であるとする。
曹魏洛陽宮城の構造を扱った主要研究を整理し、
文献史料と考古学の調査成果をもとに、
それぞれの復元案の妥当性と問題点を検証したもの。
近年、曹魏洛陽城については、
①曹魏の南北宮≒後漢の南北宮
②曹魏の南北宮≒後漢の北宮
の二説あるが、向井氏は②説が妥当であるとする。
2012年2月8日水曜日
日本における唐代官僚制研究
小島浩之「日本における唐代官僚制研究―官制構造と昇進システム(System)を中心として」(『中国史研究』20、2010年10月)
日本における唐代官僚制研究を
官制構造と官僚の昇進システムを中心にまとめたもの。
六典官制・貴族制との関わり(人的構成)・
職事官と散官・昇進システムについて
研究状況と課題を述べていて、とても参考になる。
また、引用文献リストを見ると、21世紀以降、
唐代官僚制研究が減少している様子がうかがえる。
『中国史研究』は、編集後記が毎号徐々に長くなっていて、
20号では16頁にも及んでいる。こちらも読みごたえある。
日本における唐代官僚制研究を
官制構造と官僚の昇進システムを中心にまとめたもの。
六典官制・貴族制との関わり(人的構成)・
職事官と散官・昇進システムについて
研究状況と課題を述べていて、とても参考になる。
また、引用文献リストを見ると、21世紀以降、
唐代官僚制研究が減少している様子がうかがえる。
『中国史研究』は、編集後記が毎号徐々に長くなっていて、
20号では16頁にも及んでいる。こちらも読みごたえある。
2012年2月4日土曜日
東方学123
『東方学』123(東方学会、2012年1月)
目次は以下の通り。
[論文]
三浦國雄「 『朱子語類』の読まれ方―新発田藩の一儒者の書き入れをめぐって」
新見まどか「唐代後半期における「華北東部藩鎮連合体」 」
山崎藍「死者を悼んで旋回する―元禛「夢井」における「遶井」の意味」
伊藤一馬「南宋成立期の中央政府と陝西地域―「宋西北辺境軍政文書」所見の赦書をめぐって」
伴俊典「江戸期における『水滸伝』全訳の成立」
蕭涵珍「笠亭仙果の『七つ組入子枕』にみる李漁の『十二楼』―「合影楼」を中心として」
福嶋亮太「進化の形成物としての白話―胡適の言語観およびコミュニケーション観の再検討」
青野道彦「僧残罪を犯した比丘尼の謹慎処分―パーリ律註釈文献を中心に」
[内外学会消息]
高田時雄「ロシア科学アカデミー東洋写本研究所と『東洋の文献遺産』誌など」
金子修一「中国留学と二つの学会」
[座談会]
「学問の思い出―池田温先生を囲んで」
〔出席〕 池田温、任大煕、大津透、金子修一、窪添慶文、小口彦太、坂上康俊、土肥義和
[追悼文]
小野山 節「有光教一先生の御功績と学恩を顧みて」
土田健次郎「楠山春樹先生を偲ぶ」
三浦論文では、「辺縁に生きた一儒者」のなまの思考の断片に触れられる。三浦氏が提唱する「書き入れ学」も大変面白そう。
山崎論文では、死者を悼んで墓・棺の周囲を廻る習俗に言及している。盆などのお墓参りの際に墓をぐるぐるまわるという友人の故郷の習俗を思い出した。
座談会も読みごたえあり。
目次は以下の通り。
[論文]
三浦國雄「 『朱子語類』の読まれ方―新発田藩の一儒者の書き入れをめぐって」
新見まどか「唐代後半期における「華北東部藩鎮連合体」 」
山崎藍「死者を悼んで旋回する―元禛「夢井」における「遶井」の意味」
伊藤一馬「南宋成立期の中央政府と陝西地域―「宋西北辺境軍政文書」所見の赦書をめぐって」
伴俊典「江戸期における『水滸伝』全訳の成立」
蕭涵珍「笠亭仙果の『七つ組入子枕』にみる李漁の『十二楼』―「合影楼」を中心として」
福嶋亮太「進化の形成物としての白話―胡適の言語観およびコミュニケーション観の再検討」
青野道彦「僧残罪を犯した比丘尼の謹慎処分―パーリ律註釈文献を中心に」
[内外学会消息]
高田時雄「ロシア科学アカデミー東洋写本研究所と『東洋の文献遺産』誌など」
金子修一「中国留学と二つの学会」
[座談会]
「学問の思い出―池田温先生を囲んで」
〔出席〕 池田温、任大煕、大津透、金子修一、窪添慶文、小口彦太、坂上康俊、土肥義和
[追悼文]
小野山 節「有光教一先生の御功績と学恩を顧みて」
土田健次郎「楠山春樹先生を偲ぶ」
三浦論文では、「辺縁に生きた一儒者」のなまの思考の断片に触れられる。三浦氏が提唱する「書き入れ学」も大変面白そう。
山崎論文では、死者を悼んで墓・棺の周囲を廻る習俗に言及している。盆などのお墓参りの際に墓をぐるぐるまわるという友人の故郷の習俗を思い出した。
座談会も読みごたえあり。
2012年1月31日火曜日
もうすぐ出る本
刊行が長いこと遅れていた八木書店の『遣隋使がみた風景』。
HPを見ると、表紙と目次がアップされている。
いよいよ出版される模様だ。
氣賀澤保規編『遣隋使がみた風景―東アジアからの視点』
初版発行予定:2012年2月10日
予価3,990円(本体予価3,800円+税5%)
序章 氣賀澤保規「東アジアからみた遣隋使-概説と課題」
第Ⅰ部 遣隋使と国際関係
氣賀澤保規「『隋書』倭国伝からみた遣隋使」
金子修一「東アジアの国際関係と遣隋使」
田中俊明「朝鮮からみた遣隋使」
氣賀澤保規「アジア交流史からみた遣隋使-煬帝の二度の国際フェスティバルの狭間で」
第Ⅱ部 遣隋使とその時代の諸相
吉村武彦「推古朝と遣隋使」
川本芳昭「遣隋使の国書」
林部均「遣隋使と飛鳥の諸宮」
河内春人「遣隋使の「致書」国書と仏教」
第Ⅲ部 倭人と隋人がみた風景
氣賀澤保規「倭人がみた隋の風景」
鐘江宏之「隋人がみた倭の風景」
池田温「遣隋使のもたらした文物」
終章 氣賀澤保規「遣隋使の新たな地平へ-おわりに寄せて」
豪華なラインナップ。
煬帝の国際フェスティバルってなんだろう?
HPを見ると、表紙と目次がアップされている。
いよいよ出版される模様だ。
氣賀澤保規編『遣隋使がみた風景―東アジアからの視点』
初版発行予定:2012年2月10日
予価3,990円(本体予価3,800円+税5%)
序章 氣賀澤保規「東アジアからみた遣隋使-概説と課題」
第Ⅰ部 遣隋使と国際関係
氣賀澤保規「『隋書』倭国伝からみた遣隋使」
金子修一「東アジアの国際関係と遣隋使」
田中俊明「朝鮮からみた遣隋使」
氣賀澤保規「アジア交流史からみた遣隋使-煬帝の二度の国際フェスティバルの狭間で」
第Ⅱ部 遣隋使とその時代の諸相
吉村武彦「推古朝と遣隋使」
川本芳昭「遣隋使の国書」
林部均「遣隋使と飛鳥の諸宮」
河内春人「遣隋使の「致書」国書と仏教」
第Ⅲ部 倭人と隋人がみた風景
氣賀澤保規「倭人がみた隋の風景」
鐘江宏之「隋人がみた倭の風景」
池田温「遣隋使のもたらした文物」
終章 氣賀澤保規「遣隋使の新たな地平へ-おわりに寄せて」
豪華なラインナップ。
煬帝の国際フェスティバルってなんだろう?
登録:
投稿 (Atom)
