2011年1月4日火曜日

東京旅ノ介

銀座三越8階催物会場で開催中の
山口晃展「東京旅ノ介」に行ってきました。
さすが銀座三越。人であふれかえってます。
でも、8階催物会場にたどりつくと、中はガラガラ。
みんな新年の買い物に忙しいのだろうか。

でも、この山口晃展、現代アートに興味なくても
楽しめること間違いなしです。
実際、ふらりと入ったお客さん(明らかに時間つぶし目的)も、
相当面白がって見てました。

山口晃氏の作品は、なんといっても「ダイナミックかつ緻密」。
大画面の隅々まで書き込んでいて、みればみるほど発見がある。
そして、かっこいい。

チラシは作品の特徴を次のように紹介しています。
「古今東西の事象が時空を超えて絡み合う異時同図」
「洛中洛外図的な構成……といった古典的な大和絵の手法」
「人間と動植物……機械などの無機的な物の融合」
「様々な技法を駆使しながら、奇をてらっていると思わせないような精神的密度の高い作品が特徴」

今回の展覧会は、新作と代表作が並んでいて、
山口晃氏の軌跡をざっと追うことができます。
東京や三越などを題材にした大作や、
日清日露戦争をモチーフにした版画、
電柱と華道の融合や路地裏を走る「露電」といった
身近なものをひねった作品などなど。
要所要所に挟まれた自画像もいい感じ。
これで500円は本当に安い。

帰りに『山口晃作品集』(東京大学出版会、2004年)を買ったのだけど、
図録で見ても、細部が分からないし、迫力が伝わらない。
もう一回、見に行こうかなぁ。


ちなみに東京大学出版会のPR誌『UP』に、
山口晃氏のエッセイマンガ「すずしろ日記」が連載中。
こちらは、ゆる~い内容と絵がいい感じ。
『すずしろ日記』(羽鳥書店、2009年)、かなりおススメです。
山口晃展「東京旅ノ介」
2010年12月28日~2011年1月10日
銀座三越8階催物会場 午前10時~午後7時半
入場料:500円

2011年1月3日月曜日

あっという間に新年

あっという間に2010年も終わり、2011年が始まりました。
昨年見に行ったギャラリー・展覧会をつらつら数えてみたら、
いつの間にか54に達してました。

アートブログなんかをみると、
年間400くらいいってるみたいですから、
まだまだひよっこもいいとこです。

まぁ、これから徐々に時間もとれなくなるし、
無理してもしょうがないので、
マイペースで見に行きたいと思います。

というか、研究しろって話ですね。

それにしても、本来だったら、アートならアート、
研究なら研究、猫なら猫、とブログの内容を
しぼったほうがいいんでしょうが、
幾つもブログやるのは大変だし、メモがわりなとこもあるので、
このまま鵺(またはカフカの雑種(半分猫で半分羊))みたいな
状態で続けていくことにします。

というわけで、まとまりのないブログですが、
今年もよろしくお願いいたします。

2010年12月31日金曜日

中国五代国家論

山崎覚士『中国五代国家論』(思文閣出版、2010年11月)

日本に殆ど存在しない五代十国時代の専門書。
第一部(天下のうち篇)と第二部(天下のそと篇)にわかれている。
目次は以下の通り。

序論「五代政治史研究の成果と課題」
第一部 天下のうち篇
第一章「五代の「中国」と平王」
第二章「五代「中国」の道制 ―後唐朝を中心に― 」
第三章「呉越国王と「真王」概念―五代天下の形成、其の一― 」
第四章「五代における「中国」と諸国の関係―五代天下の形成、其の二― 」

第二部 天下のそと篇
第五章「九世紀における東アジア海域と海商―徐公直と徐公祐―」
第六章「唐末杭州における都市勢力の形成と地域編成」
第七章「未完の海上国家―呉越国の試み―」
第八章「港湾都市、杭州―五代における都市、地域、海域―」
結論「五代天下のうちとそとの形成」

五代十国時代は、単なる分裂時代ではなく、
「五代天下秩序」ともいうべき世界秩序が形成されていたとする。
また、その秩序の形成要因として、
地域経済の発展と全国的商業流通の存在を指摘している。

呉越国に焦点をあてつつ、五代十国時代の天下観・世界秩序の問題に
迫っていて、大変参考になりました。

2010年12月30日木曜日

海を渡った騎馬文化

諫早直人『海を渡った騎馬文化―馬具からみた古代東北アジア―』(風響社、2010年11月)

風響社のブックレット《アジアを学ぼう》の⑰。
朝鮮半島・日本列島における馬・騎馬文化の受容について考察。
日本だけでなく、韓国の「騎馬民族説」にも言及した後、
慕容鮮卑・朝鮮三国・加耶・倭の馬具を比較して、
「騎馬民族説」の問題点を指摘し、
「新しい騎馬文化伝播モデル」を提示している。

慕容鮮卑の装飾騎馬文化が、なぜ東北アジア各地に
広まったのかについても言及し、東晋とは異なる独自の世界秩序を
可視的に表現しようとしたのではないかとする。

日本だけでなく、朝鮮半島・慕容鮮卑(特に前燕)にも
視野が及んでいて刺激的。
韓国にも「騎馬民族説」があるとは知らなかった。
しかも有力な仮説の一つになっているとは。

2010年12月27日月曜日

平成22年度國學院大學文化講演会

平成22年度國學院大學文化講演会
「円仁石刻と古代の日中文化交流―法王寺釈迦舎利蔵誌の史料性と史実―」
日時:2011年1月23日(日)9:30~
場所:渋谷キャンパス 120周年記念2号館1階2104教室
 *参加多数の場合は、2号館1階2101教室で同時中継。
資料代:500円

講演・報告
10:10~11:10 斉藤圓眞「日中文化交流史上の円仁と天台」
11:10~12:00 酒寄雅志「法王寺釈迦舎利蔵誌の史料性と解釈」
13:00~13:50 田凱「法王寺舎利塔地下宮殿の発掘調査」
13:50~14:40 呂宏軍「嵩山の寺院・石刻と交通」
14:50~15:10 氣賀澤保規「隋唐の仏教と石刻」
15:10~15:30 肥田路美「舎利信仰と舎利塔・荘厳具」
15:40~16:00 石見清裕「唐代石刻の避諱と空格」
16:00~16:20 佐藤長門「入唐僧の情報ネットワーク」
16:40~18:30 討論

国学院大学エクステンション事業課に要申込。
申込締切:2011年1月13日(木)必着

2010年12月25日土曜日

契丹(遼)後期政権下の学僧と仏教

藤原崇人「契丹(遼)後期政権下の学僧と仏教―鮮演の事例を通して―」(『史林』93-6、2010年11月)

契丹(遼)の道宗期に活躍した僧侶の鮮演の事績について、
1986年に発見された「鮮演墓碑」を中心に考察。
契丹後期の学僧と遼皇帝・支配層との関係や、契丹と高麗間における仏教典籍(鮮演の著作)の流通形態の多様性について明らかにしている。

2010年12月21日火曜日

立教大学日本学研究所第41回研究会

立教大学日本学研究所第41回研究会
日時:2011年1月21日(金)17:00~
場所:立教大学池袋キャンパス7号館7202教室

報告
高陽「東アジアの須弥山図~敦煌本とハーバード本を中心に」
李銘敬「遼の非濁をめぐる」

2010年12月19日日曜日

中國古代の財政と國家

渡邊信一郎『中國古代の財政と國家』(汲古書院、2010年9月)

汲古叢書91。
漢代から唐後半期までの財政と国家構造について論じている。
第一部「漢代の財政と帝国」
第二部「魏晋南北朝期の財政と国家」
第三部「隋唐期の財政と帝国」
の三部構成のもと、序説+十六章(補論含む)となっている。

まずは第二部・第三部から読んでいるが、なかなか読み終わらない。
苦手意識とかなんとかいってる場合じゃないなぁ。しっかり読みこまねば。

ちょっとばかり

いろいろと懸案事項が片付き、
さぁ、研究だ! とならなきゃいけないのですが、
なんだか、ちょっとばかり、気合いがぬけちゃってます。
いや、ここまでじゃありませんが。

2010年12月18日土曜日

華竜の宮

上田早夕里『華竜の宮』(早川書房、2010年10月)

ハヤカワSFシリーズ Jコレクションの一冊。このブログでは、これまで小説の類は紹介してこなかったので、書くか迷ったのですが、他に媒体もないので書いてみます。SF小説に興味ない方は飛ばしてください。


先日見に行ったトランスフォーメーション展の影響で、なんだか無性にSF小説が読みたくなってしまい、いくつか立ち読みした中で、おもしろそうだと思って購入。

海底隆起で、多くの陸地が水没した25世紀が舞台。未曾有の混乱を乗り越えるため、積極的に生命操作技術を活用し、人体に応用していった結果、海に適応した海上民が誕生。陸上民と海上民の確執、各国家連合の思惑、そして再び大変動の兆しが……。

まさしく、「変身―変容」の世界。久しぶりにSF小説を読んだけど、引き込まれて、586頁を一気に読んでしまった。


で、今回の小説の舞台はアジア海域。日本政府の末端外交官が主人公なのだけど、中国系の人々も多数登場する。こちらもなかなか魅力的。ただ、SF小説の中の中国系政府は、たいてい非人道的に描かれているが、『華竜の宮』でもひどいことばかりやっている。プロローグで描かれる混乱期には、殺到した避難民を殺戮する人工知性体(殺戮知性体)を世界で初めて発明している。なんだかコードウェイナー・スミスのマンショニャッガー(=人間狩猟機)みたいな設定(なお、1950年代に書かれたためか、こちらはドイツ人が発明)。本編でも、中国が中心となっている〈汎アジア連合〉は、海上民の虐殺に乗り出している。

ここがどうも気にかかる。
SF小説は、未来を扱うことが多いのだけど、当然のことながら、小説が書かれた時期の国家イメージが反映されてしまう。多分、昔は中国が出てくることすらあまりなかったのではなかろうか。その昔、ドイツやソ連が荷っていた(であろう)SF小説中の役割を、今は中国が荷っているのかもしれない。欧米や日本で傾向が違うかもしれないし、そんなにSF小説読んでないから、実際のとこはわかりませんが。調べてみたら面白いかも。

ちなみに、日本政府は相変わらず、官僚主義な上に、汎アジア連合ではなく、欧米・太平洋連合の〈ネジェス〉に加入している。まぁ、これは現在の状況そのままですね。