福岡大学人文学部歴史学科編著『歴史はもっとおもしろい―歴史学入門12のアプローチ』(西日本新聞社、2009年11月)
福岡大学人文学部歴史学科の教員による歴史入門書で、
『歴史はおもしろい』の続編。
アジア史関係は、以下の5篇。
則松彰文「大英帝国の苦悩と中国巨大市場」
桃崎祐輔「中世博多のチャイナタウン」
山根直生「論文までの迷い道」
紙屋正和「秦王朝:「歴史」による占領地の支配」
武末純一「武寧王を知っていますか?」
その他の日本史・西洋史の文章もわかりやすく面白かった。
個人的には、松塚俊三「書くこと、読むこと、話すこと」が興味深かった。
18世紀以前のヨーロッパにおける「読み書き能力」や「ことば」などを
紹介するなかで、「書くこと」はできないけど、「読むこと」はできた民衆に
着目し、その豊かな文化について述べている。
2010年1月3日日曜日
2009年12月31日木曜日
2009年12月30日水曜日
曹操墓発見か
年末になって曹操墓(魏武王高陵)発見というニュースが飛び込んできましたね。
毎日新聞では小さいながらも一面にあげていました。
河南省文物局のホームページで詳細が紹介されています。
http://www.haww.gov.cn/html/20091227/153670.html
第一報を聞いて「本当かな?」と思った人は多いはずです。
かくいう私もそう思いました。
ただ、河南省文物局の情報によると、墓道と前室・後室と四つの側室があり、
墓道と墓室の合計の長さが60m近くもある相当大型の墓だそうです。
石牌には一抹の不安を感じますが、これだけの規模の墓となれば、
まぁ、間違いないような気がします。
ま、正式な報告書が出るまで、確実なことは言えませんが。
台湾の趙立新氏のブログ「 南國島夷:古代東亞與中國中古研究」では、
各種報道機関(中国・香港・日本・韓国・欧米)の記事とリンクしています。
さらに「高陵剖視圖」も掲載されています。
多分、万一、石牌が出なかったとしても、河南省文物局は、
曹操墓の可能性が高いとしたんじゃないですかね。
河北省磁県湾北朝墓が、文字資料がないにも関わらず、
規模や副葬品・文献の記載から北斉の文宣帝墓と
推定されている前例もありますし。
どっちに転ぶにせよ、報告書が楽しみです。
毎日新聞では小さいながらも一面にあげていました。
河南省文物局のホームページで詳細が紹介されています。
http://www.haww.gov.cn/html/20091227/153670.html
第一報を聞いて「本当かな?」と思った人は多いはずです。
かくいう私もそう思いました。
ただ、河南省文物局の情報によると、墓道と前室・後室と四つの側室があり、
墓道と墓室の合計の長さが60m近くもある相当大型の墓だそうです。
石牌には一抹の不安を感じますが、これだけの規模の墓となれば、
まぁ、間違いないような気がします。
ま、正式な報告書が出るまで、確実なことは言えませんが。
台湾の趙立新氏のブログ「 南國島夷:古代東亞與中國中古研究」では、
各種報道機関(中国・香港・日本・韓国・欧米)の記事とリンクしています。
さらに「高陵剖視圖」も掲載されています。
多分、万一、石牌が出なかったとしても、河南省文物局は、
曹操墓の可能性が高いとしたんじゃないですかね。
河北省磁県湾北朝墓が、文字資料がないにも関わらず、
規模や副葬品・文献の記載から北斉の文宣帝墓と
推定されている前例もありますし。
どっちに転ぶにせよ、報告書が楽しみです。
大阪大学歴史教育研究会39回例会
大阪大学歴史教育研究会・第39回例会
日時:2010年1月16日(土) 午後1時30分~5時30分
会場:大阪大学豊中キャンパス文法経本館2階大会議室
大阪大学歴史教育研究会・中央ユーラシア史部会報告
「中央ユーラシア史上の分水嶺―世界史教材のための時代区分と類型化の試み」
第1部 中央ユーラシア史の経糸と緯糸
向正樹「中央ユーラシアという世界―空間的考察・用語―」
伊藤一馬「中央ユーラシアにおける国家の形成と展開」
第2部 中央ユーラシアにおける国家の諸相
入野恵理子「4~6世紀 北魏」
旗手瞳「7~9世紀 吐蕃」
赤木崇敏「9~10世紀 敦煌王国」
日時:2010年1月16日(土) 午後1時30分~5時30分
会場:大阪大学豊中キャンパス文法経本館2階大会議室
大阪大学歴史教育研究会・中央ユーラシア史部会報告
「中央ユーラシア史上の分水嶺―世界史教材のための時代区分と類型化の試み」
第1部 中央ユーラシア史の経糸と緯糸
向正樹「中央ユーラシアという世界―空間的考察・用語―」
伊藤一馬「中央ユーラシアにおける国家の形成と展開」
第2部 中央ユーラシアにおける国家の諸相
入野恵理子「4~6世紀 北魏」
旗手瞳「7~9世紀 吐蕃」
赤木崇敏「9~10世紀 敦煌王国」
『日本歴史』740号
『日本歴史』第740号(吉川弘文館、2010年1月)は、
「日本史研究とデータベース」という新年特集号。
分野別現況には、
小口雅史「日本古代史研究のためのオンラインデータベース」
田良島哲「中世研究資源としてのウェブデータベース」
江川式部「中国・台湾史に関するデータベース」
長森美信「朝鮮前近代史に関するデータベース」
荒木浩「ぞんざいな検索、丁寧な検索」
岡本真「日本史研究におけるインターネットの学術利用」などがある。
そのほかに「提供者の立場から」、「利用者の立場から」の項目もあり、
全体合計で、47人が各種データベースを紹介している。
工具書としてとても便利。
いつもならそんなにすぐには売れないはずなのに、
今回はあっという間に店頭からなくなってしまっていた。
「日本史研究とデータベース」という新年特集号。
分野別現況には、
小口雅史「日本古代史研究のためのオンラインデータベース」
田良島哲「中世研究資源としてのウェブデータベース」
江川式部「中国・台湾史に関するデータベース」
長森美信「朝鮮前近代史に関するデータベース」
荒木浩「ぞんざいな検索、丁寧な検索」
岡本真「日本史研究におけるインターネットの学術利用」などがある。
そのほかに「提供者の立場から」、「利用者の立場から」の項目もあり、
全体合計で、47人が各種データベースを紹介している。
工具書としてとても便利。
いつもならそんなにすぐには売れないはずなのに、
今回はあっという間に店頭からなくなってしまっていた。
2009年12月28日月曜日
中世の書物と学問
小川剛生『中世の書物と学問』(山川出版社、2009年12月)
山川出版社の日本史リブレット78。
当時の学問とはどのようなものかを平易にまとめている。
日本中世における中国の書物・学問の受容については、
「「東アジア世界」という見取り図を持ち出して」終わりとするのではなく、
「受容した側が何をどのように消化した結果、
いかなる果実が稔ったかを具体的に追跡するべきである」と述べている。
以前読んだ水口幹記『日本古代漢籍受容の史的研究』(2005年9月)の序章と
ある意味共通の問題意識を感じた。
山川出版社の日本史リブレット78。
書写・校勘、読書、蒐書、引用・利用、註釈書などのテーマから、
中世の日本の人々が、どのように書物を利用していたか、当時の学問とはどのようなものかを平易にまとめている。
日本中世における中国の書物・学問の受容については、
「「東アジア世界」という見取り図を持ち出して」終わりとするのではなく、
「受容した側が何をどのように消化した結果、
いかなる果実が稔ったかを具体的に追跡するべきである」と述べている。
以前読んだ水口幹記『日本古代漢籍受容の史的研究』(2005年9月)の序章と
ある意味共通の問題意識を感じた。
2009年12月27日日曜日
寧波プロジェクト科挙班研究総括集会
研究総括集会「寧波士人社会の形成と展開―宋元明の通時的考察」
主催:科挙班
日時:2010年1月24日(火)午後1時~午後5時
会場:明治大学駿河台校舎研究棟4F第6会議室
報告者:科挙班構成員(近藤一成、森田憲司、櫻井智美、鶴成久章、飯山知保)
各分担者が現段階での結論を20分間程度報告。
課題と今後の展望について、討論を行う予定。
主催:科挙班
日時:2010年1月24日(火)午後1時~午後5時
会場:明治大学駿河台校舎研究棟4F第6会議室
報告者:科挙班構成員(近藤一成、森田憲司、櫻井智美、鶴成久章、飯山知保)
各分担者が現段階での結論を20分間程度報告。
課題と今後の展望について、討論を行う予定。
2009年12月26日土曜日
陳元靚の『博聞録』について
宮紀子「陳元靚の『博聞録』について 」(『汲古』56、2009年12月)
これまでの宮氏の陳元靚撰『博聞録』(『事林広記』のもとになった類書)に
関する研究によると、 現在、『博聞録』自体の伝来は知られていないが、
佚文や版式から、『事林広記』のどの部分が『博聞録』であるか判明しつつある。
今回の論文では、日本で作られた仏典の注釈や『三体詩』の抄物などを中心に
その後発見した『博聞録』関係資料や佚文を紹介。
『博聞録』自体の研究もさることながら、
13~15世紀の日本における漢籍受容の様子も窺えて、とても面白かった。
また、本題とはずれるが、南北朝~室町時代の「管領」・「都元帥」・「総管府」等の
肩書きが、 モンゴル時代の制度を踏まえているという注12の指摘も興味深かった。
これまでの宮氏の陳元靚撰『博聞録』(『事林広記』のもとになった類書)に
関する研究によると、 現在、『博聞録』自体の伝来は知られていないが、
佚文や版式から、『事林広記』のどの部分が『博聞録』であるか判明しつつある。
今回の論文では、日本で作られた仏典の注釈や『三体詩』の抄物などを中心に
その後発見した『博聞録』関係資料や佚文を紹介。
『博聞録』自体の研究もさることながら、
13~15世紀の日本における漢籍受容の様子も窺えて、とても面白かった。
また、本題とはずれるが、南北朝~室町時代の「管領」・「都元帥」・「総管府」等の
肩書きが、 モンゴル時代の制度を踏まえているという注12の指摘も興味深かった。
新発見隋代陰寿の墓誌
韓昇「新発見隋代陰寿の墓誌」(『汲古』56、2009年12月)
近年発見された北周・隋初に活躍した陰寿(墓誌中では陰雲)の墓誌を紹介。
冒頭の墓誌概述で、「未公開の墓誌」と述べているが、
すでに王其褘・周暁薇主編『隋代墓誌銘彙考』第一冊(線装書局、2007年)と、
楊宏毅「隋《陰雲墓誌》考」(『碑林集刊』13、2008年)に、
拓本・録文・解説が掲載されている。
陰雲(陰寿)の事績についても、楊宏毅氏の論文の方が正確。
近年発見された北周・隋初に活躍した陰寿(墓誌中では陰雲)の墓誌を紹介。
冒頭の墓誌概述で、「未公開の墓誌」と述べているが、
すでに王其褘・周暁薇主編『隋代墓誌銘彙考』第一冊(線装書局、2007年)と、
楊宏毅「隋《陰雲墓誌》考」(『碑林集刊』13、2008年)に、
拓本・録文・解説が掲載されている。
陰雲(陰寿)の事績についても、楊宏毅氏の論文の方が正確。
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