2009年12月6日日曜日

中国儒教社会に挑んだ女性たち

李貞徳著、大原良通訳『中国儒教社会に挑んだ女性たち』(大修館書店、2009年12月)

北魏の蘭陵長公主の流産と死を起点に、
南北朝隋唐期の女性と法の関係に迫る。
政治史の側面は希薄だけど、霊太后に注目していて、
なかなか面白い。
原題翻訳は「公主の死―あなたの知らない中国法律史」。
個人的には原題のほうがいいような気がするのだけど。

2009年12月3日木曜日

『宋代中国』の相対化

やっと宋代史研究会編『『宋代中国』の相対化』(汲古書院、2009年7月)を読了した。
収録論文は12本。どれも面白く、刺激的だった。
著者は全員30~40代。山根直生氏による編集後記の中に、
「前編集委員から託された方針はただ一点、執筆陣・編集委員の双方に
……従来よりも若い世代をあてること、のみであった」とある。
そういえば、遼金西夏史研究会も若手中心の研究会だ。
内実はよくわからないけれど、この論文集を読む限り、
宋代史研究会では、若手の勢いが盛んで、
世代交代がスムーズに行われるように思えてくる。
編集後記の付記にある故津田芳郎先生の若手へのエールがまたいい。

十一世紀後半における北宋の国際的地位について

毛利英介「十一世紀後半における北宋の国際的地位について―宋麗通交再開と契丹の存在を手がかりに―」(宋代史研究会編『『宋代中国』の相対化』汲古書院、2009年7月)

北宋神宗期の宋と高麗の通交再開について再検討し、
主要因は経済面ではなく、政治面にあったとする。
すなわち、宋朝には高麗との関係を一定程度回復することで、
「中国」としての装いを整えようとしたとする。
また、遼は高麗経由で宋の文物・情報が流入することを
期待して宋と高麗の通交を黙認したのではないかとする。

個人的には、上記に続く第二章第二節の方向表現からみる国際関係が
最も興味深く、とても面白かった。
遼と北宋が相互に「北朝」・「南朝」と称呼したのみならず、
高麗や西夏にも同様の認識が存在したことを指摘。
さらに遼において、東韓(高麗)・西夏・南朝(宋)・北朝(遼)という
方向表現があったことを示す。
もちろん、北宋・遼ともに自国を「中華」とする認識が存在したことは間違いないが、
一方で北宋・遼ともに「南朝」・「北朝」という意識も持っていたことがとても面白い。
南北朝時代には、あまりそうした認識はうかがえないのではないだろうか。

2009年11月29日日曜日

石刻と法帖

福本雅一『石刻と法帖』(藝文書院、2009年6月)

石刻概論(初出は1993年)と『淳化閣帖』などの概説。
書道史からみた石刻概論としては、比較的まとまっていて読みやすい。
というか、日本では藤原楚水『書道金石学』(三省堂、1953年)や
本書のように書道史側の入門書しか作られていない。
歴史学の立場から書かれた石刻概論書を読んでみたいと思う。

通り道


不審者を見たような顔つき。
別に怪しいものではないですよ。

内陸アジア出土古文献研究会

東洋文庫・内陸アジア出土古文献研究会12月例会
日時:12月12日(土) 午後2:00-5:30
場所:明治大学駿河台校舎研究棟4階 第一会議室  

報告
岡野誠「杏雨書屋所蔵唐開元雑律疏断簡の再検討」
山口正晃「敦煌学百年―現状と課題―」

2009年11月26日木曜日

鑑真

東野治之『鑑真』(岩波新書、2009年11月)


鑑真の渡日に関する苦心談は抑えめにし、
鑑真の師や学問の環境などの来日以前の鑑真と、
受戒や唐招提寺など来日後に鑑真が果たした役割に焦点をあてている。
鑑真のもたらした戒律は根づかなかったが、
「鑑真の心が別の形で受け継がれた」とし、天台宗や最澄に言及している。
また、これまで一部の研究者に指摘されていた
道璿・良弁と鑑真の軋轢や、鑑真の弟子間の対立などを否定している。

2009年11月23日月曜日

龍谷大学東洋史学研究会

龍谷大学東洋史学研究会第33回研究大会
日時:2009年11月27日(金),午後1時15分より
会場:龍谷大学大宮学舎,清和館3階ホール

研究発表:1時15分~
椎名知世「南唐の対外政策における一考察」
高橋亮介「後趙仏教史再考」
石本利宏「先秦時代における秦の国家的性質」
赤羽奈津子「地域史からみる朝鮮古代史」

文学部特別講義:3時~
王小甫氏「トルファンにおける吐蕃及びチベット仏教の遺跡」

2009年11月22日日曜日

四国東洋学研究者会議

2009年度四国東洋学研究者会議 
日程:2009年11月28日・29日
場所:愛媛大学

第1日 11月28日(土)14:00~17:00
会場:愛媛大学法文学部中会議室(法学部本館2階)
邢東風「フィールドワークと中国仏教史の研究について」
張子侠「《呉書》作者辨」
徐国利「徽州文書的理論研究与整理方法」
胡中生「宋明以来民間修譜面臨的血縁困境及其解決―以徽州為中心的探討」
 
第2日 11月29日(日)9:00~12:00
会場:愛媛大学 職員会館 小会議室
片岡一忠「清朝外交史と新疆問題」
牧野修二「チンギス汗の金国侵入時の軍事編制について」
 

「伝えゆく典籍の至宝」参観

五島美術館で11月29日まで開催されている
「伝えゆく典籍の至宝」を見に行ってきました。

漢籍以外、あまり興味ないので、すぐに見終わるかなぁ、
なんて思って行ったのだけど、想定外の面白さでした。
さすが五島美術館。

まず興味をひかれたのが、「金光明最勝王経」。
奈良時代の写本なのだけど、
平安時代のヲコト点(多分、博士家系統)がつけられている。
写本の作成年代と読まれた時期が違っているのが興味深い。

また、平安時代後期に作られた類書(『幼学指南鈔』)や、
『伊呂波字類抄』・『和妙類聚抄』などの古辞書の写本も面白かった。

もちろん、金沢文庫本『白氏文集』・『論語集解』・駿河版『群書治要』・
秀頼版『帝鑑図札』などなど、漢籍も非常に充実してました。
なかでも古典籍展観大入札会で手に取った直江版『文選』が、
ケースの中で鎮座しているのを見た時は妙に嬉しかったです。


でも、一番印象的だったのは、
藤原頼長の手跋のある『因明論疏』。
頼長は、政治家として、そして保元の乱の
中心人物として有名だけど、
ものすごい読書家としても名高い。
でも、彼の字はマジックペンで書いた
みたいで、お世辞にも名筆とはいえない。
なんだか親近感を覚えた。
解説には、悪筆をむしろ顕示していた、とある。
ますます、いいなぁ。


と、そんなこんなであっというまに時間が過ぎてしまい、
庭園を散歩する時間はおろか、
江戸期の写本・刊本をゆっくりみる時間もなくなってしまいました……。残念。 写真は、行く途中で見かけた日向ぼっこする猫。
満足そうにぬくそうな顔をしている。